中国拳法、武術、格闘技など、徒然気ままに…

太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

筋肉への誤解

投稿日:2009年5月10日

子供の頃は、“柔よく剛を制す”とか“小よく大を制す”などの言葉に惹かれても、本当に力が要らないとまで思ってはいなかった。
例えば、『柔道一直線』を見て、見よう見まねの背負い投げもどき(他の技名があるらしいがよく知らない)を得意にしていたけれども、体格や力の差が大きいとうまく投げられなかったし、まして、相手が柔道を習っているヤツや、相撲が得意なヤツだったりすると、遊びにせよ組んで勝つことはまず無理だった。
所詮、真似事だから一定以上の相手に通じないのは当然なのだが、力のある相手に振り回され引き倒される怖さは何度も味わって身に染みたものだ。

中学生になり、サイクリングや空手で足腰が鍛えられると、走るのが速くなり、走り高跳びで学校一高く跳べるようになった。
一方、剣道を少しやったが、腕の力はあまり強くなくて、竹刀で空気を切る音がなかなか出せなかった。
竹刀は大体450g前後だ。
たかがそんな重さでも、速く振るためにはそれなりの筋力が要る。
そして充分な筋力があって、力まない振り方ができる。
筋肉モリモリになろうとは思わなかったが、何をするにもある程度の筋力が必要なことは、解っていたはずだった。

それが…松田隆智さんに感化されて、太極拳を始めてから、筋力をいつの間にか否定していたのだから、盲信や思い込みというものは恐ろしい。。(^^;

ただまぁ…。
筋肉に対する誤解というものもあったと思う。

同じく中学生の頃だったと思うが、10歳上の義理の叔父が、一時、ボディビルをやっていた。
ジムに通って半年以上やっていたらしいが、久しぶりに会ったとき、それまでひょろっと痩せていた体型が一回り大きくなっていた。
ナルちゃん入って筋肉自慢。。
ところが、それからしばらくすると、ややぽちゃのプチ肥満。
「ボディビルなんかアカンわ。やめたらいっぺんに太ってまうぞ」
本格的な人のカラダを見て、そこまでなりたくないと思ってやめたら、急に太ってしまったそうだ。
今思うと、筋肉が急に減ったわけではなくて、筋トレ中に増えた食事量がそのままだから、脂肪が増えてしまったのだろう。
しかしそのときの僕は、
1.筋トレをやめると筋肉が脂肪になってしまう。
2.筋トレなどで力をつけても、やめればすぐ衰える。
…と、思い込んでしまった。
もちろん筋肉が脂肪に変わるというのは間違いだ。
両者は別々の組織なので、筋肉が直接脂肪に変化するということはない。
また、何もしなければせっかくつけた筋肉も力も徐々に落ちていくのは当然だけど、病気や怪我で寝たきりでも無い限りすぐに落ちるわけではないだろう。
ちなみに叔父は、元々太る方では無かったらしく、その後は徐々にしぼんで元の体型に戻っていった。

ただ、その頃は、
筋肉モリモリになって力に頼るのは、武道本来の考えとは異なると思っていた。
力がある程度必要なことは解っていても、力で勝つのなら技なんて要らない。
それに名人・達人に小男が多いと言われていることの説明にならない。
…と。。
まぁ、一見。筋道通った考えのようなのだが、明かな見落としがある。
それは、力と技は相反するのか、ということと、名人・達人と言われる小男は力が無かったのか、ということだ。
そして。
大男は動きが鈍そうだし、筋肉モリモリの人は動きが固そうに見える。
これらは一般的にもそういうイメージだと思うが、実は何の根拠もないのに、そういう思いから、自分に都合のいい武術観を育てていった。。

…要点に入ろう。

僕自身の過去の思いを含め、特に中国武術や古武術をやっている人にありがちな、筋肉に対する誤解を幾つか挙げながら書いてみる。

『大男は動きが鈍いのか?』

大男がスローなイメージがあるのは、普通の人でも女性や子供など自分より小さい者と接するとき力の加減をするように、そういう習慣があるからではないだろうか。
また、体を鍛えてもいなくて太っていれば、そりゃ動きが重くもなるだろうが、たまに「俊敏なデブ」を見かけることがあるように、見た目太っている人も含めて、充分な筋力があれば鈍くはないはずだ。当たり前な話だが。。
ただ、別項で書こうと思っているが、体が重くなると歩法に影響するようには思える。

『筋肉モリモリの人は動きが固いのか?』

ボディビルダーの体を見ると、まるで岩のように固く見える。
しかし、実は筋肉は、力を入れていないときは柔らかい。
格闘技の試合などで、スーパースロー再生されるとき、筋肉が女性のバストのように揺れているのを見たことがないだろうか。
筋肉のせいで体が固くなり、動きが固くなる、というのは間違いだ。
では何故そういうイメージがあるのかというと、たぶん、ボディビルダーが筋肉を固めた極めポーズを取って見せるため、というのがまずあるだろう。
それから、見せるための筋肉と運動に必要な筋肉の違いもあるかも知れない。
また、
ボディビルしかやっていない人の場合、運動神経がいいとは限らない。
筋肉を鍛えた結果、運動能力が幾らか向上しても、元々スポーツなどをあまりやっていなかった人が筋肉モリモリになったからと言って特定の競技まで上手くなるわけではないだろう。
だからマッチョな運動音痴が居てもおかしくはない。
今では、現実、格闘技選手はみんな、筋肉モリモリでも動きが鈍いわけではないので、そういう誤解をする方がおかしいと言えるだろう。

『筋肉を付けると“脱力”ができないのか?』

気持ちの緊張で固くなるのは別として、どんなスポーツでも運動中(動いている最中)は力んでいるわけではないので、“脱力”という状態そのものは、誰でも自然にやっていることではないだろうか。
また、筋肉を鍛えると力が抜けず、動きが固くなり遅くなるという人が居るのだけど、それなら、陸上競技の短距離ランナーは足を鍛えると走るのが遅くなるのだろうか?
プロボクサーは筋トレをしているのに、手が遅いのだろうか?
速く動くということについて言えば、筋肉を鍛えた方が速くなるはず。
力を抜くことで速く動けるというのは、先ほどのように、緊張などで力みがあるとスムーズに動けないということが一つ。
あとは神経的な反応の話で、それ自体は非常にミクロなことだ。
“膝の抜き”にしても、自然落下の速度を越えて速く動くことはできない。
また、技への応用としては、例えば柔道で組み合ったとき、自分が力を抜くと相手も力が抜けたりするように、意識的に行うことでヒトの生理的な作用を利用するということはある。
しかしそれは筋肉が邪魔になるということではないだろう。

まー、ありがちな誤解としては、こんなところだろうか。。
「あなたの方が誤解している」
と言われてしまうのかも知れないが。。

ただ、「力は要らない」も、「筋肉は鍛えなくていい」も、それはそれで理屈のあることだから、真っ向から否定する気は無い。
…無いのだが、、
ベースとなる筋力のことを無視して、力を抜くことで大きな力が発揮できるというのは、おかしな話だ。
「相手の力を利用する」というのも、圧倒的な力の差があってできることだろうか?
結果的に僕は、筋肉・筋力の重要性を改めて感じるようになったわけだが、それがすべてだとも思っていない。
しかし、
それまで特にスポーツ経験も無い、あまりにも非力そうな人が、太極拳や中国武術と出会い、自分が出来もしないことを、いっぱしの武術家気どりで、
「力じゃない」
と言うのは、滑稽を通り越して、哀れにさえ思ってしまう。。
自分がそんな中の一人になっていないかということは、時には考えてみた方がいい。

もちろん、関わり方は、人それぞれだ。
趣味として武術を楽しんでいる人は、何も殺伐とした闘争のことばかり想定して考えなくても、それぞれが思う面白さを味わって続けていけばいいと思う。
僕だってプロの格闘家に勝とうとは思っていないし、名人・達人の域を目指しているわけでもない。
けれど、本質への理解の妥当性というものはあるだろう。
例えば、武術は本来、人を斃すための技術なのだが、「人を生かすためのもの」「自分を磨くためのもの」「人を育てるためのもの」…など、様々な捉え方がある。
だが、元々の意味と、自分がどう捉えるかは、別の話だ。
「武術は自分を磨くためのものだ」
と言うのと、
「私は武術を、自分を磨くためにやっている」
と言うのとでは、意味が違うだろう?
前者は決めつけで、後者は目的の話だ。
そういうことも分けられない人が、筋肉に対することもきちんと考えないで、調べもしないで、
「武術は力ではない」
と言い張るとしたら、そういう人は、その固い頭でこの先何を理解できるのだろう?

少なくとも、一定の年齢を越えたいい大人にもなれば、根拠のない盲信や決めつけからは脱却して、判らないことは判らないこととして置いておき、機会があれば考察を繰り返す、というくらいのインテリジェンスは、持つべきだだろう。

以下、コメント

旧ブログからの移転にあたり、掲載当時のコメントはこの下に“引用”のかたちで付けておきます。管理人からのレスは囲みの色を分けてわかりやすくしておきます。
なお、現在はコメント機能は使用しておりません。ご意見、ご感想等はメールにてお願い致します。

 

はじめまして。
毎回読ませていただいています。
自分の考えをしっかりともってらっしゃっていてとても素晴らしいと思いますが、脱力や
太極拳で言うファンソンは、そんなに簡単にできるものじゃないんですよ。だから、みんな何年もかけて練習するんです。太極四大金剛の四人の大師でさえ、毎回毎回、意識をめぐらせ苦労して身に付けたものをそんな簡単
に自然に誰でもやっているんじゃないか、などと言わないでもらいたいと思います。
もう一つ、ベースとなる筋力についてですが、武術では力は「足が7割手が3割」と言われています。つまり、足の筋力が主なわけであり、それは、陳氏太極拳の単手正面纏絲けいなどの単式を低架で何百回とやっていくうちに自然についてくるわけで、特にむきになって筋トレをせずとも必要な分は自然についてくると思います。まあ、太極拳の発祥地である陳家溝ではほとんどの人が農業をやっていたため足腰や腕など多少は丈夫だったと思いますが、、
文が長くなり申し訳ありませんが、簡単に言えば太極拳を練習するときの意識の使い方が
上達するかしないかの問題ですね。
最後に自分勝手な意見を書き込んでしまい、すみませんでした。メールアドレスを書き込んでおきましたので、よろしければ、意見をお聞かせください。

Posted by 名無し at 2009年05月17日 15:24

>名無しさん

初めまして。コメントをありがとうございます。

せっかく書いてもらったのですが、記事の意が伝わっていないと思えるような異を唱えられても返答に困りますので、細かい回答はしないでおきます。
おっしゃるようなことは僕も踏まえていますが、あえてアンチテーゼを唱えています。
そこを、一般的に言われているようなことや書籍に書かれてあるようなことを改めて教えてもらってもしょーがないのです。。
回答の代わりになるようなことは過去記事にもあると思いますし、また今後も取り上げていきます。
これについては、『はじめに』をお読み下さい。
http://doyotaichi.seesaa.net/article/30739734.html

あなたはあなたの信じる道を進んで下さい。

Posted by hide at 2009年05月17日 21:49

お返事をいただきありがとうごさいます。
「はじめに」を読まずに書き込んでしまいすみませんでした。
私が書き込んだことは、ふまえているようなので安心しました。
ちなみに、書籍に書いてあるというか、実際に陳氏太極拳を陳正雷大師の長女、陳絹老師から学んでいた者なんですけど、、、(現在は、陳絹老師が中国に帰国してしまったため、別の老師から学んでいます。)
もしよろしければ、これからもよろしくお願いしますm(._.)m

Posted by 名無し at 2009年05月17日 23:00

>名無しさん

コメントをありがとうございます。

> ちなみに、書籍に書いてあるというか、実際に陳氏太極拳を陳正雷大師の長女、
> 陳絹老師から学んでいた者なんですけど、、、(現在は、陳絹老師が中国に帰国
> してしまったため、別の老師から学んでいます。)

実際に誰かから習ったかどうかはともかく、「足の筋力が主」であるとか、「7:3」とか、「低架」云々…、武術雑誌や書籍などにも書かれているし、どこかで習った場合も初歩的に教わるようなことです。
そういうことを僕が知らずに書いていると思われたなら、何を言っても解ってもらえないでしょう。
そして僕は、記事の判断は読み手にお委せしています。
どっちが正しいかではなく、僕が書いたことの中に、もし今まで考えたことが無かったようなことがあれば、考えるきっかけにしてもらえれば嬉しいし、あるいは迷っていることのヒントに繋がるようなら、なお幸いです。
何にしても、初歩として教わること、一般にこうだと思われていること、が、すべてとは限らないし、いい意味で疑ってみることも必要だということを、このブログでは説いているのです。

> もしよろしければ、これからもよろしくお願いしますm(._.)m

こちらこそ。
ただ、記事中で意が伝わりにくい部分がありましたら、まずそういうところをお尋ねいただければと思います。
これからもよろしくお願い致します。

Posted by hide at 2009年05月18日 00:18

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