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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

空手 Part 2

投稿日:2007年2月2日

『空手バカ一代』の影響で僕の空手への憧れはさらに熱を帯びた。
ちなみに、前述の『柔道一直線』『タイガーマスク』の他にも、『あしたのジョー』『キックの鬼』などにもかなりハマッた。
言うまでもなくバリバリの梶原一騎漫画世代だ。
後に梶原離れしてしまうものの、少年時代に相当な影響を受けたのは紛れもない事実だし、また上記に代表される全盛期の作品には、今思い返しても名作が多かったと思う。

アニメ版では主人公が“飛鳥拳”(あすか・けん)という名前だったが、原作を読んで、実在の人物、大山倍達氏がモデルであることを知ると、大山さんや極真空手への興味も芽生えた。
そして、ブルース・リーの大ブーム!
「何で大阪には極真空手の道場が無いんだ!」
と思った。
ところでこのブルース・リー熱がさめやらぬ頃、作画がつのだじろう氏から影丸譲也氏に変わってまだ連載中だった『空手バカ一代』で、
「ブルース・リーは大山倍達の孫弟子に当たる」
と書かれていて、ちょっと驚いた。
それでも、あまり深く考えず鵜呑みにしていたし、空手への憧れは変わらなかった。
そして、本屋で空手の入門書を買って来て、平安(ピンアン)初段、二段の型を覚えたりした。

中学2年になって、空手の道場に通うようになった。
その頃、漫画の中で“ケンカ十段”と称されていた芦原英幸さんの支部道場が大阪に出来ていたが、結局極真には入門しなかった。
僕によくちょっかいをかけてきていた1つ上の先輩連中が何人かで先に入門していたからだった。
それで、たまたま同級生の弟が誰かから聞いたという道場を見学に行き、そのまま2人で入門した。
その流派も割と大きな団体で、その道ではケンカ空手で通っていたらしいが、試合のルールは寸止めだったので、当時の僕は、
「やっぱり極真の方が強いんだろうなぁ…」
などと勝手に思ったりした。
(あのバカな先輩たちが強くなってやって来たら手に負えないかも知れない…)
などと、ちょっと不安にもなった。
しかしその連中はすぐやめてしまったので、彼らが単独でも僕にちょっかいをかけに来られるほど強くなることは無かった(笑)
(道場を変わろうか…)
とも一瞬思ったのだけど、すでに通っている道場の練習だけでもいっぱいいっぱいだった。(^_^;)

実際に空手を習い始めるまでには、多少の経緯があった。

元々、実父との思い出や、離れていても慕う気持ちがあったため、父がやっていた空手を自分もやりたいという気持ちがあったが、学校の問題児だった僕に、呼び出しばかり喰らっていた親としては、
「そんなもの習わせられない!」
と、完全否定だった。
それで、通信教育の案内書を取り寄せたり、本を買って独習したりした。
その間には合気道にも興味を持ったが、子供の頃の僕には写真を見てもやり方がよく解らなかった。

中学1年のとき、僕によくインネンをふっかけてきていたYというヤツが居て、もちろん小学校の頃から知っていて、まぁ喧嘩相手の1人だった。
親が離婚・再婚したのは小学1年生の終わり頃。
2年に上がると同時に、大阪市内の悪名高い土地の小学校に転校した。
それから4年になってまた、義父の出身だという隣の小学校に転校させられたのだが、越境だったため、元の小学校の地区から通っていると、
「裏切り者」
と、よくからかわれた。
何が裏切りなのかよくわからないが、まぁ、子供の頃なんてそんなものだろう。
そして、中学では2つの小学校が1つになる。
Yが何故、中学になって、あんなに執拗にカラんできていたのか、今となっては理由はわからない。
もしかしたら転校前の小さい頃に僕がぶん殴ったからなのかも知れない。(^^;
しかし毎日のように喧嘩していたので、小さい頃に誰と喧嘩したかなんて、印象に残っている幾つか以外は、いちいちあまり憶えていなかった。
そのため、他にも、
「オレはお前に〇年生の頃に殴られたことがある」
と言われたことは何度かあった。
まぁ、たぶん、中学に上がるのをきっかけに、
「あいつと会ったらやってやる!」
なんてノリが再燃したのだろう。
しかし、Yはやり方がまずかった。
ある日突然、相手の教室前を通ったとき7~8人に囲まれて、あっという間に教室内に引きずり込まれた。
後はもう物を言う間もなくあちこちからたくさんの手足が飛んできて、僕は袋叩きに遭ってしまった。
最初に囲んだ連中以外にも便乗して来た者が居たようだ。
それほど多くの手足が飛んできて、時折、参加していたヤツの顔がフラッシュバックのように見えた。
顔中腫れあがり、左目に喰らったパンチで片目が開かなくなり、体はあちこち打撲や擦り傷だらけで、まさに病院送り。
もちろんその日の内に大問題となり、特にYは、自分が中心となって大勢で1人をリンチにかけたということで、学校からも親からも相当絞られたようだ。
ウチの親はというと、特別どうという態度も取っていなかったように思う。
いつもと逆の立場に戸惑っていたのかも知れない。
そのときの怪我で何日か休んだが、僕はその間、
「あのクソぼけぇ、絶対仕返ししてやる!」
と復讐心をメラメラと募らせていた。
それから、
眼帯もまだ取れないまま、数日して登校すると、Yが僕のところにやって来た。
「すまん。俺が悪かった。この通りや。許してくれ!」
と、深々と頭を下げた。
(なんだこの態度の変わり様は…!?)
と思ったが、あまりにもしゅんとした雰囲気にガックリきてしまった。
「俺のこと殴っていいから」
…親に相当怒られたのか、涙目のようだった。
僕のダメージを見て、自分でもやり過ぎたと思ったのかも知れない。
「…もうええよ」
思わずそう言ってしまった。
僕だってずいぶん誰かをぶん殴ったし、今回はやられる側だったってだけだ。
それから僕の顔を見る度、Yは僕のところに寄ってきては回復の度合いを心配した。
このことをきっかけにYは急に大人になり、一切喧嘩することは無くなって、周りからも“いいヤツ”という評価がすっかり定着してしまった。
しかし、Y以外の何人かは、加わったことがはっきりしている者は一応先生の前で謝った者も居たが、バツ悪そうにしている程度でその後もちょっかいをかけてきたりした。
僕は僕で、

1対1とは限らない。
いつどんなことが起こるかわからない。
もっと強くなりたい!

---そんな気持ちが沸々と湧き上がった。
それが空手の道場に通う、実際に行動を起こす、きっかけになった。
親が共働きで、夜は食費を置いて出て行くことが多く、学校での昼食も100%学食だったので、そのお金を残して入門費用にした。

その後、Yとは3年のとき同じクラスになった。
彼は野球部のレギュラーで、体は学年全体でも大きい方で、いつの間にか成績もよくなっていて、クラスではみんなから好かれるリーダー的存在になっていた。
同じクラスになったばかりのとき、
「あのときはゴメンな」
と、また言ってきたので、
「いつのこと言うてんねん。何ならもう1回、今度は1対1でやるか?」
と言ったら、
「いやぁ、あれからお前、空手ずっとやってるんやろ?もう敵えへんよ」
…あっさり流された。

(さっさと大人になりやがって…)

Yとやり合うことは、それから後も無かった。

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