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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

真夜中の公園での喧嘩【3】

投稿日:2012年11月21日

※この記事は『若い頃の話の続き』(2012年10月23日)以降、続き物となっています。
なるべくそちらから読んで下さい。

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前記事で書いたツレションのことをもう少し書こう。
このとき僕はニッカを、直感的に強敵だと思った。
僕はまず、これから喧嘩をする相手の前で平気で立ち小便をするというパフォーマンスをやって見せたわけだが、それは相手を試す意味もあった。
その隙を狙って殴りかかって来るようなら大したヤツじゃないと思っていたし、もしそうなったら小便まき散らしながらでも応戦するつもりだったが、しかしこういうとき、大抵の者は何もしないものだとタカをくくってもいた。
また、そうすることで心理的に優位に立とうとする駆け引きでもあった。
もし僕の立ち小便に拍子抜けして冷めてしまうヤツなら、気が萎えてしまうだろう。
相手の戦意を削ぐことができれば、戦端を開くとき有利に運べる。
ビビって喧嘩をやめようと言い出すかも知れない。
しかしニッカはすぐさま、横に並んでツレションを始めた。
喧嘩する気満々で、こんなところで襲いかからなくても公園に行ってから僕と殴り合って充分に勝てる気でいる。
いや、それよりも、すんなり横に並ばれたことで、何か思いも寄らぬことを仕掛けてくるんじゃないかと、一瞬、僕の方が警戒心を持ったくらいだ。
(こいつはなめてかかるとまずい)
僕は相手をとことん叩きのめしてしまうような性格では無いが、こいつはおかしなヤツだ。
負ければタダでは済まないだろう。
(覚悟して臨まねば…!)
--と思った。

ツレションのあと公園までの数十メートル、また公園の中を歩く間、僕は心の中で闘志を燃え上がらせることに努めていた。
前に書いた、平山子竜のことを紹介した本の中に書かれてあった、
『頭は冷たく、五臓は燃えよ』
--という言葉を、思い出していた。

子供の頃はすぐカーッとなる方だったが、何度か負けを経験する内、また大人になる内、冷めた目で相手を見るようになり、それに伴ってか、いつの頃からか、スロースターターになってしまった。
つまり戦いのスイッチがなかなか入らないのだ。
それまでに読んだ武道の本には大抵、冷静であることをよしとするようなことが書かれてあったが、気勢を上げて向かって来る相手にはこちらも気勢を上げてかからなければ太刀打ちしにくい。
テンション上げて臨まなければ、咄嗟のときに反応できない。
だが、怒りや憎しみはパワーとなるが、カーッとなったままでは思わぬ不覚を招くことがある。
緊張を逆手に取られる場合もある。
そのバランスが難しい。

公園の南側の真ん中あたり、山型の遊具があり、その3メートルほど横には園内を煌々と照らしている照明灯があった。
そこまで来ると、
「ほな、やろか」
と、ニッカが主導権を取ったように静かに言い放つ。
僕は不意打ちを喰らわないように少し距離を取っていたが、ニッカは、ほら殴るぞ、ほら殴るぞ、という高飛車なフェイントを2~3度おっかぶせて来た後、一発入れようと右拳を飛ばしてきた。
僕は大きく左斜め後方に避けて、すかさずローキックを当て、下方に反応したニッカの顔面に一発入れた。
ニッカは二撃目を避けるように顔の前で両手を振りながら大きく退いた。
しかし僕も腰が退けてて、浅かった。
二撃目を出す余裕は無く2人の距離は一旦開いた。
「やるな…!」
ニッカは一発喰らったことに驚いたが、楽しそうにニヤリと笑った。

…まぁ、実のところ、あまり細かく憶えているわけではないのだが、大体こんな感じで始まったのだった。

僕が一番恐いのは戦端を開くときだった。
これはたぶん、喧嘩を何度も経験したことがある者なら同じ思いの人も多いと思うが、特に僕のようにスロースターターでエンジンがかかりにくいと、最初にいきなりきつい一発をもらってしまうことが何より恐い。
不意打ちにせよ何にせよ、目が眩むような一発もらってしまえば、そのまま畳み込まれて負けてしまう可能性が高い。
だから初っ端、すぐさま反応して先に一発入れることが出来て、気持ち的には少し楽になった。
これで体も動かしやすい。
しかし浅い一発は相手を目覚めさせてしまう。
油断は出来ない。

ニッカは頬の殴られたあたりを撫でると、目つきが変わり、構えを取った。
(なるほど、少林寺拳法をやっているというのは嘘では無かったようだな…)
見覚えのある構え方だった。
これも記憶の限りでだが、ニッカはボクシングのフリッカースタイルのように、前手を下げた構えを取った。
まー、前手を下げた構えと言えば、ボンもそうだったが、しかしボンのように基本そのままではなく、いかにもその構えを得意としている風で、堂に入っていた。
ちなみに、空手をやっていた頃は僕もフリッカーっぽい構えを取ることが多かったが、そもそものきっかけはブルース・リーだった。
けれどノーモーションパンチを意識するようになってからは、両手を上げた構えを取って、微妙に距離を詰め、リーチを生かして前手の拳を放つ、という戦法を取るのを優先するようになった。
ニッカは顔面が空いた状態。
もちろん簡単に顔面を叩かせてくれるわけではないが、僕は前手を当てるのが得意だし、まずはその戦法を試すべきだろう。
実際、開始から手数では僕の方が勝っていて、ボンのときと同様、有利に運んだ。
たぶん僕が5~6発当て、ニッカのパンチが僕に1発かすった程度だったと思う。
けれど僕のパンチは、やはり浅い。
ニッカは力強く、掴みかかろうともして来る。
もし捕まった拍子に一発喰らったりしたら終わりかも知れない。
そして、同じやり方ばかりでは相手も慣れてきてしまう。
ニッカは何発か喰らって、なめた態度から焦りの表情になったが、それでも冷静に、距離を取りつつ突破口を窺っているようだった。
そのうち僕も手が出せなくなって、わずかな間だが、膠着状態になった。
するとニッカは、僕に対しタックルを2度ほど試みた。
しかし不慣れなのか、遅かった。
僕は交わしてまたニッカの横っ面に一発入れた。
だがその後揉み合いになって、力の強いニッカに圧されて僕は転かされてしまい、危うく馬乗りになられそうなところを必死に起き上がった。
ニッカも立ち上がりながら追いかけて来て、片手が僕の肩に届くとそのまま腕を首まで引っかけながらもう一方の手で殴ろうとして来たが、僕はバタバタともがいて何とかそれを逃れた。
(アブナイ、アブナイ。また転かされてしまった。でももうさせないからな…!)
せっかくのチャンスを生かせず、ニッカは悔しそうだった。
僕は力で勝るニッカを警戒しつつ、それからまた手先足先で組手のようなやりとり。
ニッカは何発も当てられて明らかに焦っていた。

ニッカは強敵だった。
(けれど何とかなりそうだ…)
と、僕は気持ちに少し余裕が生まれていた。
--そのとき。
ニッカが照明灯を背にして逆光になると、ふと照明灯の向こうに月が見えた。
きれいな満月だった。
(オレは一体何をやっているんだろう…)
などという思いが、一瞬、頭をよぎった。

刹那。

ガツンという衝撃を受けて、僕は目が眩み、地面にぶっ倒れた。
ほんのわずかな隙、飛んできたニッカの右拳を左顔面にまともに喰らってしまったのだった。
一瞬意識が飛んだ気もするが、転倒の際、頭は打たなかった。
(今捕まったら逃れられない…!)
僕はすぐさまハッとして、ニッカが迫って来るのを慌てて避けて立ち上がった。
「ちっ!」
そしてまた対峙すると、僕を捕まえ損なったニッカは、悔しそうにしながらも、会心の一撃が当たったことに気を良くしてか、薄ら笑いを浮かべた。
僕は左頬に熱いものを感じた。
頬の肉が切れて血がじんわりと噴き出してきたのだ。
拳を握っている左手の甲の側でそのあたりを触ってみると、血がべっとりと付いた。
(くそっ!)
ニッカの右手には指輪があった。
何やら刺々しい装飾があるようで、それで切れてしまったらしい。
衝撃が左目にも及んだらしく、少し視界が悪くなっていた。
頭もジンジンする。
…僕が当てた手数よりもこの一発は大きい。
ニッカは一気に有利に立ったような気になって、またステップでリズムを取り始めた。
早くケリをつけなければ身が持たないかも知れない…。
僕は覚悟を決め、次こそはきつい一発をおみまいしてやろうと、構えを取り直した。

--天地の構え。

昔読んだ『空手バカ一代』で大山倍達が得意としていた構えだと知って、空手を習いに行っていた中学時代に真似していたものだ。
もっとも、漫画の絵からの見よう見まねで、我流。
道場ではそんな構えを取ったら怒られるだろうから、友達と組手をやるとき勝手に遊び半分でやっていただけだったが、僕なりに得意にはしていた。
その構えを、無意識に取ったのだ。
たぶんハッタリもあったのだろうが、僕は呼吸を整え、精一杯、神経を研ぎ澄ませ、真剣な面持ちで、ニッカを睨みつけ、
(来い!)
とばかりに、気勢で押すようにジリジリと詰め寄りながら“後の先”を狙った。

ニッカは戸惑った。
2~3度アプローチを試みようとして攻めあぐね、僕に気圧されているような感じになって、何故か表情が見る見る消極的になった。
ついさっき僕に一発入れて得意げになっていたものの、それ以外で僕に当たったのはせいぜい2発くらい、僕はすでに10発以上は当てている。
決定打が無かったとは言え、ダメージが無いわけでは無かっただろう。
「…なぁ、もうやめにせえへんか?」
調子のいい顔つきで突然、休戦の提案。
「は? 今さら何言うてんねん?」
「いや、もうやめようや。引き分けにしよう。それでええやろ?」
(…コイツ。そんなことを言って、寄ってきて不意打ちでもするつもりか?)
「オレもお前がそんな強いとは思わんかった。正直なめてた。悪かったワ。謝るからよ。もうやめにしようや!」
「……………」
迷ったが、僕はひとまずその申し出を受け入れることにした。
だがここで気を萎えさせてはいけないと、顔をこわばらせたまま、警戒を解かずに、
「わかった。お前がそう言うんなら…」
と応じた。
そして、店に戻って飲み直すことになった。

ニッカとの喧嘩はこんな風に幕を閉じた。

店に戻る頃には、僕の左頬は腫れて膨らんできていた。
ママが絆創膏をくれて、ひとまず止血。
鏡を見ると、左目は眼球の白目の部分も真っ赤になっていた。
こんなにきつい一発をもらったのは、高校の時“G”に殴られたとき以来だった。
(『鼻骨折 (2/2)』2008年01月06日)
ニッカもあちこち青あざや腫れがあったが、どちらが痛々しく見えたかと言えば、明らかに僕の方だったろう。
目の充血は数日かかって徐々に引いていったが、頬の傷はしばらく目立っていた。
今でも微かに残っていて、酒に酔って顔が赤くなると傷跡がうっすらと浮き出てくる。

まーとにかく。。

ニッカの喧嘩から後、僕は今までやって来た武術というものに懐疑的になった。
他流派の有段者と互角以上に渡り合えたのはいいとして、果たしてそれは中国拳法や古武術のおかげだったと言えるだろうか?
もちろん、型を練りつつ幾らか体を鍛えたり、“理”を教わったり、したわけだが、いっぱしに武術を識った気になって、1人になっても細々と続けてきて、それがまったく無駄だったわけでは無いにしても、技というものが身についていて、それで立ち回れた、とは、言えない…。
挙げ句の果てに取った行動は、我流の、天地の構え、だ。
もっとはっきり言えば、僕は10代の頃に戻って空手で戦おうとしたのだ。

中国拳法や古武術の型を練ることで、培われる身体やその動き、というものがあるとしても、技らしきものがほとんど表に出ない、使えない、とすれば、型の中に含まれる技とは一体何なのだろうか…。
触れたところから効かせるとか、一本組手で相手の腕を弾いたり腹を叩いたりしたら相手が「うっ!」となるとか、そういうことは出来ても、いざ実戦となると威力が足りなくて苦戦…。
(何なんだ!)
そんな思いに苛まれ、中国武術や古武術を否定的に見る思いも芽生え始めた。
だからと言って、、
今さら他の武術を一からやるにも、これといったものも見当たらないし、すでに自分の体に馴染んだ姿勢や動きを大幅に変えるのも面倒で嫌だ。

結局…。

それから数年以内に僕が思ったことは、中国武術や古武術の技は(少なくとも僕が学んだ範囲では)ほとんど使えない。
しかしそれは空手でも同じことだし、また、フルコンのように、他の格闘技を取り入れるにしても昔からの技をほとんど捨ててまで姿を変えていったものを、改めてやるのは抵抗がある。
だから、まぁ、これが自分に合っているという愛着はあるのだし、少しずつでも研鑽を積みながらマイペースで趣味として続けて行こう。。
--と、いう程度のことだった。

そしてこのあとは、何度かの小さな気づきがあったり、怪我をして武術をあきらめてしまったり、あきらめてしまってから技の使い方に気づいたり、酔っぱらっているときにした喧嘩でコテンパンにされたり、した。
それでも未練を感じて、一時はまったくやめてしまっていた武術を、また少しずつやるようになったのは30代後半になってからだった。
そして後、T先生と再会して、S先生の門下でお世話になることになるのだが…。
それはまた追々。。

次回、まとめ(たぶん)。

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