中国拳法、武術、格闘技など、徒然気ままに…

太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

Iさんが来なくなるまで

投稿日:2018年3月7日

今回書くIさんとは、一昨年の秋頃に入門して、その年いっぱいで来なくなってしまった「Iさん」のことだ。

何故、たかが数ヶ月でやめた人のことをわざわざ書くのかというと、――それは、以前、H君がやめるときの経緯を書いたのにIさんのことにはきちんと触れないでいたので、いずれ書こうと思っていた、というのもあるのだが、他にも幾つか理由がある。
まず、余所で十年も習っていたIさんがどんな人だったかを書くことが、中国拳法を習っている人や、習おうと思っている人にとって、参考になると思えること、また、多少は技術に関する情報提供にもなること。
そして、Iさんの態度・姿勢が、習う側としてどうかということも、合わせて読者に考えてもらいたいこと。
――さらに言えば。
もしご本人がこのブログをその後も覗きに来ていて、読むようなことがあれば、今後の糧にしてもらいたいという、少しばかりの親切心もあってのことだ。

内容はなるべく今回の文章だけでわかるように書くつもりだが、過去記事でも幾らか触れているので、見てみようと思う人は、記事内のリンクやブログ内検索を利用して、それらも読んでもらえればと思う。

入門まで

体験希望のメール

一昨年、2016年。Iさんからメールをもらったのは9月のことだ。
同系の太極拳、つまり正宗太極拳を教えている余所の某団体で、約十年習ったという。
(前に来ていたK君と同じところかな?)
まずはそう思ったが、結果的にこれはその通りだった。
同じ団体なら、住まいからすれば通っていたのは同じ教室だろうというのは容易に察しがついたので。

「体験」を希望していたため、それに対する返事を書いて、一週間後の日曜日に、こちらに来てもらうことになった。

待ち合わせと面談

近鉄藤井寺駅の『イタリアントマト』というセルフサービス式のカフェで17時に待ち合わせ。
当日、いつもなら早めに行く僕だが、出かける少し前に便意を催したことと、乗ろうと思っていたバスが時間通りに来なかったこととで、ギリギリになってしまった。
遅れそうならバスの中からメールしようかと思ったが、何とか時間には間に合いそうだったので、そのまま駅に向かった。
店に着いたのは1、2分前。僕は店内にそれらしい人が居ないか見渡しながらコーヒーを注文。窓際の席に着いた。

一応、店の写真を貼ろう。
わざわざ画像で説明するほどのことでもないが、今後もし来ようと思う人が居たら、参考になるだろう。
入口を斜めから撮ったものと、道路側から見た店の側面。

イタリアントマト1
※ネット検索より

イタリアントマト2
※Googleストリートビューより

1枚目の写真で右端に白いカラーコーンがあるところは、2枚目で赤いカラーコーンがあるところだ。

僕はメールで、席を下記のように指定していた。

店内の席は、もし窓際が空いていたら、窓際で。
窓際の席は3つくらいしか無かったと思います。

次に、店内の写真を2枚。グレーの服を着た背中を向けている女性から、窓側が見える写真と、入口が見える写真。

イタリアントマト3
※ネット検索より

イタリアントマト4
※ネット検索より

Iさんらしき人は居ないように思えた。
(まだ着いていないのかな……?)
自分から依頼しておいて遅れて来るというのは感心しない。
しかも60代のいい大人だろう、遅れて来るなら連絡くらいよこせよ。
……などと思いつつ、しばらく待った。

10分ほどしてもまだ現れなかったので、僕はIさんの携帯宛にメールを送った。
すると、もう着いていて、店内に居ます、とのことだった。
僕も店内に居ますよ、と返すと、また同じ返事。
ちょっとイラッとしたが、立って見回すと、入口近くの席に座っている人が居た。
最初の写真でカラーコーンのあったあたりだ。
女性から入口が見える写真で言えば、入口を入ってすぐのところに壁際の木が見えるが、その木の陰あたりにある目立たない2人用の席だった。
(窓際と言ったのに!)
と思ったが、よく見れば確かにそこも窓際……。
けれど、入口付近とはいえ、ちょっと目立たなくて、僕はそこを「窓際」とは認識していなかった。いや、そこに席があることも知らなかったくらいだ。
僕はまた内心イラッ。

それに、今まで「窓際」を指定してそんな目立たないところに座っていた人は初めてだった。
店内を見てどちらがわかりやすいかを考えなかったのか?
聞くとIさんは約束の10分前くらいには着いていたのだという。
先に着いていたのなら、あとから入ってくる人を見て、僕に気づいてくれても良さそうなものだろう。
さらに、メールしてお互い店内に居ると判ったときに、どうしてさっさと立って僕を探そうともしないのだ。
僕がそばに寄って声をかけるまでIさんはじっと座ったままだった。
そのことで僕はまた内心イラッとした。短い間に三度目だ。
本当はこの時点で、少し嫌な予感がしていたのだった。

それでも、とりあえずこっちに座りましょう、と、僕が居た4人席の方に誘導して、気を取り直して挨拶。
面談・体験に来る人には、身分証明書を提示してもらうように予め説明してある。
Iさんは免許証を出した。それを見せてもらい、メールに書かれていた名前や住所に偽りがないことを確認して、話を始めた。

Iさんは小太りした体型で、Youtubeにアップした動画にも映っているので(顔にはモザイクをかけてあるが)、見たことがある人はおわかりだろう。
ちなみに動画では僕もIさんもかなり太って見えると思うが、真冬なので中にジャージとウインドブレーカー、その上から道着を着ているので、コロッコロになっている。
それにカメラが広角なので、その分も横に拡がって映っている。
だから、実際のIさんは小太り程度だ。腹はかなり出ていたが。

それはともかく、話し始めると、落ち着いたトーンでハキハキと喋る人で、愛想も悪くはなかったので、僕も最初の印象はひとまず忘れることにした。

Iさんは、故郷の長崎に居るお父さんが重病にかかっていて、時折大阪と実家を行き来する都合などもあって、今までの教室に定期的に通えなくなり、やめてしまったとのことだった。
あと、型を次々覚えさせられるのがしんどくなったのも理由の一つだったそうだ。
そして今は、毎朝、太極拳と形意拳の型を中心に鍛錬しているとのことだ。
――で、僕のブログを前々から読んでくれていて、僕がブログを再開したのを機に、連絡をくれたのだという。
ブログの読者だと聞いて、僕は一気に嬉しくなった。

ところでこの日、天気予報は雨。
来るときには曇り空だったが、間もなく降るのは間違いない空模様だった。
実は木曜日あたりにヤフーの週間天気予報を見て、日にちの変更を提案しようかとも思ったのだが、まあ、説明程度ならあまり濡れずにやれるような場所も無くはない。
それに、相手が誰であれ気遣いをし過ぎてしまうのが自分の悪い癖だと思って、こちらからは何も言わず、相手の出方を見ることにした。
これに関してはIさんの方でも雨の予報を見て思案したが、結果的にはそのままにしたそうだ。

ちなみに、もし僕が逆の立場なら、相談の連絡を入れただろう。
そして「足下の悪い中を申し訳ありませんが」と、自分の方が遠路足を運ぶにしても、そういう一言を添えた気配りをしておくと思う。

カフェでIさんのことを聞いたり、僕が学んだ武術や経験に関することを説明したりしているうちに40分くらい経った。
その間にも雨がポツポツと降り始めていた。
「そろそろ出て、どこかでちょっと動きながら説明しましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
そんなふうに切り上げて、店を出た。

公園での体験指導

雨と言えば、前に習いに来ていたK君が、体験に来たときも雨だった。
そのときは商店街のアーケードの下で、人通りを避けながらちょこっとやったので、今回もそうしようと思った。
K君のときは駅の北側だったが、南側の商店街にもアーケードがあると思ってそっちに向かったのだが、一部の商店が無くなっていてアーケードがほとんど用を為さなくなっている上、思ったより通路が狭かった。
ふと反対側に目をやると、公園の藤棚が見えた。
(小降りだから、あの下ならあまり濡れずにやれるだろう……)
と、そこへ移動。
公園の写真も貼っておこう。

藤井寺駅前南公園
※Googleストリートビューより

この公園も今までに体験で使ったことがあった。
そのときは割と人が居てやりにくかったが、この日は雨で園内に人は居らず、人通りも少ない。
まずはIさんの型を見せてもらった。
「とりあえず太極拳、十四勢まででいいからやってみてもらえます? それと形意拳もよくやってるとのことなので、三体式と劈拳と崩拳くらいで――」

Iさんの型を見て思ったのは、なるほど、それなりの年数を経ているのは見て取れる、けれど武術らしい動きではないな、……ということだった。
どういうことかというと――
太極拳はゆっくりやるとはいっても、少なくとも打突を行う動作の時は、それを速くやれば強力な打突になるような動きになっていなければならない。
武術なのだから当然だろう。
Iさんは、体の使い方はそれなりに連動して見えるものの、一つの技の終わりに至るあたりの動きや完成姿勢は「それでは効かないだろう」と思えるようなかたちなのだ。
それに、この団体の型は、同じ王樹金系の太極拳でありながら、何故か表演武術のように動きが大きく、舞踊のように“円”を強調し、体操のように伸びやかだ。一旦後方を向くような余計な動作まで入っている。

ついでに言うと、太極拳の型は、一つの技の中に幾つもの用法が含まれて一連の動作になっているものが多いが、それらは分解して考える必要がある。
つまり一拍の間に出来るような動作でなければ現実には使えないわけだから、そういう単位に分解した動きとして捉えたとき、“技”になっているかが重要なのだ。
型そのものも然ることながら、演武の仕方からもそういうことは窺い知れる。

――で、三体式は、まあ、技を含んでいるとはいっても、これは礼式なので、とりあえず体の各部の連動具合を見たのだが、太極拳と同様、それなりにサマにはなっていた。表演武術のように、そういうものとして見れば。
ただ、五行拳は劈拳と崩拳くらいしか見なかったが、これはいただけなかった。
教えられた動きをトレースしているだけで、当たれば痛いというような動きになっていない。
もちろん、大人の力で思い切り腕を振れば、それなりに痛いのは痛いだろうが、そういうことではなくて。

そのあとは僕の型も一応見せて、少しばかり違いを説明し、それから持ってきていたミットをバッグから取り出して、Iさんに打ってみるよう指示した。
「どんな突きでもいいです。ひとまず一発打ってみてください」
すると、前回の記事でのNさん同様、一歩前進しながらの崩拳で突いてきた。
そしてこれまた同じく、ボスンッ……という、頼りない当たり。
K君のように一年程度ではなくて十年なのだから、さすがにもっと使える人を想像していたのだけれど、これはかなり拍子抜けだった。

まあ……形意拳の縦拳は、コツがわからないと難しい。
僕も復帰前なら大したことは無かったが、とはいえIさんよりはずっとマシだったと思う。

ちなみに形意拳の体の使い方や“跟歩”に関することも、いずれ少し触れようと思っているが(詳しくは入門書として書こうと思っているが)、ここでは置くとして、それよりも、どうしてろくに打てもしないのに縦拳で打とうと思ったのか――

ミットはしっかりと突っ張って支えている。
打ってくる力に逆らわずミットを後退させたら、当然ながら力を吸収して頼りない当たりになってしまう。
だから、打点からミットがなるべく移動しないように、強く支えておく。

けれど、その状態で頼りない当たりなのだから、体重移動の効果さえろくに出せていないことになる。
最初の一発があまりにも弱かったものだから、跟歩を使うなり何なり好きなように試してみるようにと指示して、さらに数発打ってもらったが、あまり変わらなかった。
で、ミットを変わってもらって僕が打った。
「縦拳は難しいですよ。縦拳で突くなら、こんな感じですかね」
パーンッという音と共に感触が伝わったようで、Iさんは即座に「おお~っ!」と声を上げて驚いた。
空手やボクシングのように、通常の横拳でも突いた。

――で、何故、Iさんにしても、前回のNさんにしても、縦拳だったのかということについてだが。
たぶん、まともに人を殴ったことが無いからだろう。
それでなまじ、威力が強大だと喧伝されている形意拳などをかじっているものだから、その方が強く打てると思ったんじゃないだろうか。
いや、それしか思いつかなかったということかもしれない。

ただ、今でこそポピュラーな横拳も、昔からあったのかといえば、そうではない気もするし、ここで言いたいのは単に縦・横のことではなく、武術や拳法の型の上で固定化されたような動きをそのままやることについてだ。
そしてそれが、IさんやNさんの場合、形意拳の縦拳(崩拳)だったわけだが。
うまく打てないなら、人を思いきりぶん殴るつもりで、素人がブン回すようなパンチでも繰り出してみればいいだろう。
格闘技のようなパンチを見よう見まねでやってみてもいい。
その方がよほど強く打てることに気がつくだろう。
もちろん「武術」として考えるなら、大振りパンチなんて意味が無いし、ミットを強く打てるようになることが目的でもないのだが、型を何年もやっていて人をぶっ倒せるような強打一つも打てないのであれば、ある程度のところで何か工夫が要るだろう、ってことだ。

それから、太極拳の用法に関することや、Iさんが習っていた団体の型との違いについて、さらに説明をしたが、その途中、
「いや、もう十分伝わりました。ありがとうございます。ぜひ習いたいと思いますので、お願いできますか?」
と、入門の意思を示した。
雨の量が少し増してきていて、藤棚の下は、直接にはあまり濡れないとはいっても、多少は雫が落ちてくる。たまにでかい雫も。
僕もそろそろ切り上げようとは思っていた。
説明している最中に話の腰を折られて内心ちょっとイラッとしたが、まあ、大阪人や年寄りには多いことだし、このときは腹が立つというほどでもなかった。
それに「入門したい」というのに気を良くした部分の方が大きかった。

時間は、この時点で7時半を回っていたと思うが、お互いせっかく出てきたのだからということで、軽く飲みませんか、と誘ってみたら、Iさんは即座に乗ってきた。お酒も嫌いでは無いらしい。
そして前にH君が訪ねてきたときに一緒に寄った、知り合いの空手の先生がやっている居酒屋に移動した。
実は駅からこの方向に移動してきたのも、Iさんが誘いに応じるかどうかに関わらず、あとでこの店に寄ろうと思っていたからだった。

居酒屋での会話

店に入ってから、前述のようにIさんが長崎出身であることや、どんな仕事をしているか、そして今までの教室でのこと、などを、改めて聞いた。
Iさんは60歳を越えたばかり。
定年後は嘱託か何かの契約で、今までの会社で継続して働いているのだそうだ。
「でももう年齢的にはしんどいでしょう? どうしてまだ武術をやりたいんですか?」
と、訊くと、武術に対する未練も少しあるとのことだった。
そもそも何故、武術を始めたのかは、その当時、会社でいじめに遭っていたことが発端だったそうだ。
詳しくは聞いていないが、まあ、会社組織なのだから、直接的な暴力とか、そういうことではなく、言葉や態度など精神的な面でのことだろう。
それで、武術をやって強くなることで、内面的な自信を手に入れたいということだったらしい。
「でも太極拳のおかげで、仕事面においても、真っ向からぶつからないとか、交わすとか、そういう術を学んだ気がします」
Iさんのそんな言葉が出て、さも太極拳をやっている人が言いそうなことだな、と、僕は苦笑した。

「それはね、解釈は自由ですが、武術とは別のところでの話ですよ。確かに太極拳はそういう技術を謳っていますし、僕も似たようなことは考えてきましたけどね。しかしそれを言うにも、本来の目的である、敵を斃すとか撃退するとかのことが身について、その上で人とぶつからないようにするのでなければ、武術のおかげ、太極拳のおかげ、とは言えないですよ」

そして僕は、“強くなりたい”という気持ちで、武術としてやりたいのですよね? ――ということを確認した。
もし、型を中心に、しんどいことはほどほどの範囲でやらせて欲しいということであれば、それはそれで合わせてあげるつもりだったので。
Iさんは、
「年齢的にはしんどいと思いますけれども、武術としてやりたいです」
と、答えた。
さらに、もう一つ念押し。
「Iさんは僕より年上ですが、習いに来るからには僕が先生ですからね。ちゃんと僕を『先生』と呼んでケジメをつけてくださいね。そうでないと、こちらもまともなことは教えられなくなりますよ」
「はい。それはもう、心得ています!」

あと、ウチの太極拳については、元が同じ派の太極拳でもずいぶん違うと驚いていたが、
「それでも今まで習っていたことを無駄とは思いません。その下地があったから今日の説明も納得できましたし、値打ちも解って、こちらでお世話になろうと思うことができました」
――と、以前の教室のことも立てつつ、優等生っぽいことを口にした。
……ただ、僕は少し違和感を覚えていた。
気の回らない人が気の利いたことを言おうとするとき、その中身はほとんどが上辺ッ面なステレオタイプだ。
Iさんの言葉はきちんとした自分の言葉のようには受け取れなかった。

この日の飲み代は割り勘にするつもりだったが、Iさんは僕がトイレに立っている間に払ってくれた。
「今日は雨の中、出てきていただいて、タダで親切に色々と教えてもらいましたし、これくらいは――」
と言いつつ。
ただまあ、このことも、払ってくれたのは嬉しいのだが、僕が連れて行った店でもあるわけだし、人がトイレに立っている間にわずかなお金を払ってええカッコせんでも、払うなら払うで「私に払わせてください」と面と向かって承諾を得てから払う方が、誠実な気がするのだが……。
Iさんの方が年上なだけに、どうも態度の端々に、充分な気遣いが無いというか、少々見下されているような感じがしたのだった。

けれども、まあ、前に来ていた人たちよりは、ずっと大人で、解り合えるだろうと思っていた。
そうでなければ、Iさんが入門したいと言っても断っていた。
だから、希望的観測も含めて、その頃の記事ではIさんのことを「出来た人」と書いたのだ。
実際、態度がはっきりしなかったK君や、お調子者のところがあったN君に比べれば、ずっとマシに思えたし、やっとまともな人が入ってきたと思った。
残念ながらそれは次第に裏切られることになるのだが……。

稽古開始から年末まで

稽古前の座学

10月第1週目の土曜日。同じ時期にH君からも連絡があり、H君ももう一度習いに来ることになっていたが、H君は2週目からで、この日はIさんだけ来ることになっていた。
夕方5時の約束で、ウチの最寄りのバス停まで来てもらい、迎えに行く手筈だったが、連絡が来たのは時間ぎりぎりか、少し過ぎていた気がする。

まずは部屋に着いてから、玄関先で着替えてもらいながら、雑談。
Iさんはかなり早く着いて、近所を散策していたそうだ。
連絡してくれれば良かったのに、と話しつつ、それならぎりぎりになることもあるまいにと思ったが、まあ、それはいちいち言わなかった。
雰囲気的には、多少は警戒心もあって、早めに来て周りを見ておこうとしたような感じもあったが、それは僕も同じようなところがあるので、わからなくはない。
ただ、うまく言えないが、どうもこの人の態度や言葉の端々には、ちょっとひっかかるところがある。
感性の違いや相性の問題で、本人にはまったく悪気がないのかもしれないのだが、この時点ではまだ判断がつかない。
(とにかく、まずはコミュニケーションからだなあ……)
そう思いながら、用意してあった折り畳みの小さい椅子に座ってもらった。

「ひとまず、座学…と言うほどでもありませんが、雑談も含めて、考え方やら技の理屈やら、その他諸々、稽古前にちょっと話してから実技に入ることにしますね」
「はい、わかりました」

細かくは憶えていないが、このときの会話や稽古で、早速またちょっとイラついた。
一つ一つは小さいことでも、重なれば不快な気持ちにもなる。
例えば――
鍛錬の話から、栄養摂取の話をした。
僕の経験上でもそうだったが、年齢が上がってくると筋肉も付きにくくなるから、栄養摂取が大事だということを話した。
けれど僕が説明しているときに、話の腰を折って自分の蘊蓄を語り出す。
そして、それに対して僕が意見を返した上で、続きを話そうとすると、また最後まで聞かないうちに対抗するように自分の知識をひけらかそうとする。
さすがにそういうことが重なると、注意しないわけにはいかなくなるだろう。

その際に思い出したのだが、N君もそうだった。
N君には一度、怒って注意したことがある。
Iさんもそうだが彼の場合も、相手がそれを知らない前提で、一方的に教える口調で話すところがあった。
『どっちが先生やねん? お前、オレに習いに来ていて、何で自分が先生になってんねん?』
って話だろう。
もちろん僕が知らないことなら『あ、それ知らん。教えて!』と、なるだろうが、勝手に人の話を遮って蘊蓄たれるというのはいただけないだろう。
N君の場合、稽古後に一緒に飲んでいたときではあったが、僕が武術に関することを教えているのに、これまたろくに聞かないうちに話の腰を折って「空手だって然りですよね」と、自分の蘊蓄を語り始めたので、頭にきたのだった。
ボクシングジムに半年ほど行ったことがあったそうだが、それとチャンバラの殺陣を少し習ったのと、あとはネットからの知識だけで、何で自分が習っている先生と対等に話をしようとするのか。
いや、対等どころか、ないがしろにしているだろう。
しかもこのとき、話の内容は忘れてしまったが「空手だって然り」というその「然り」が、まったく「然り」になっていなかったのだ。
話のつじつまが合っていない上、知りもしない空手のことを「空手だって然り」と言って話すのもおかしい。
けれどそのときのN君、怒られてシュンとはしていたものの、目はキョトンとしていて、僕が言っていることがイマイチ理解できない様子だった。
まあ、怒られてパニックになっていて、言葉が頭に入らなかったのかもしれないが……。

とにかく、僕は今までの子らにも言ってきたのだけど、こういうことだ。
『意見は言っていい。けれど人の話の腰を折るな』
まして、習いに来ていて「先生」の話を聞かないというのは、そこがハナから間違っているだろう。

――で、Iさんは年上だし、このときは初めてだったから怒りはしなかったが、それでも初日からいきなりの小言になった。

さらについでに言うが、IさんやN君でなくとも、関西人、特に大阪人には、そういう人が非常に多い。
人の話は聞かん、自分の話は一方的にべらべら喋る――というヤツだ。
Iさんのように地方出身者でも、長年大阪に居ると、周りがそうなので、やはりそんなふうになりやすい。
僕はそういうことに気づいているので、そうならないように気をつけているけれども。

Iさんは、注意すれば素直に「すいません」と引き下がる。
しかし当時20代だったN君と違って、Iさんは60代。なかなか切り替えられないだろう。
ちょっと先が思いやられる気がしてきた。

初稽古

さて、Iさんとの第1回目の稽古。
体験のときに続いて、まずは違いをより認識してもらおうと、説明中心に行おうとしていた。――のだが、ここでもまたイラッとすることが。

確か型の違いの説明で、この動きだと初歩的な用法の意味でもこうなる、というような説明をしていて、僕が、
「こんなふうに蹴ってきた場合」
と、Iさんの太ももあたりを軽く蹴った。ちょこんと当てた程度だ。
するとIさんは、僕の靴が当たったあたりをパッパッと手で払った。
(んっ?)
靴といっても足の甲だから、土足部分ではない。
しかも、汚れてもいい格好で稽古しているわけだし、習っているときにこんな仕草はどうよ、って感じだろう。
僕は、わざと同じ説明を繰り返して、もう一度蹴った。
するとIさんはまた、無言で同じことをやった。
僕はイラッときて、
(このおっさん、おちょくっとんのか?)
と思ったが、今何か言ったら稽古にならなくなると思って、あとでまた諭すことにしようと思い、ミット打ちや鍛錬に切り替えた。

我ながら温厚になったものだ。
30代前半くらいまでの僕だったら、怒鳴り散らしていただろう。

まずは力の違いを見せることと、上下関係を明らかにしておかなければ、やりにくいようだ。
それに、やはり武術なのだから、まずは威力。
Iさんは以前通っていた教室ではミット打ちなどしたことが無かったという。
それどころか、空突きを繰り返すような反復練習もせず、型を一纏まりとして繰り返すばかりだったそうだ。
「まあ、太極拳の型も追々、改めて覚えてもらいますが、まずはまともな突きくらいはできるようになりましょうか」
――ということで。

そして、小さいミットや、ダミーミット(体で受け止めるような大きいミット)を突いてもらって、逐一手直し。それをしばらく繰り返した。
そして、今度はミットをIさんに持たせて、僕が突いてみせた。
突く度にIさんは「うっ」「うおっ」と、唸り声を上げた。
小さいミットの場合は、腕を突っ張っているから、衝撃が伝わってくる。
ダミーミットは厚みが10cmあるが、それを胸に付けた状態で耐えてもらうと、何発か受けて苦しそうに、
「これ、まともに食らったら心臓止まってしまいそうですね」
と、感想を漏らした。

そして鍛錬も少々。
「Iさんは年齢的に数をこなすのはきついでしょうし、強度もほどほどにしますが、その分一つ一つを丁寧に、力の伝わりや、支えがどこかを意識してやってください。最初はわからないでしょうし、ある程度は数をやることも大事なので、まあ、何とか一種類につき100回くらいを目指しましょうか」
そう言いつつ、この日は数種類を10回くらいずつ……だったかな。

1時間半か2時間ほどで切り上げて、部屋に戻ると、僕は缶ビールを2本出して、一緒に飲もうとIさんに1本振る舞った。
面と向かって話すと、Iさんは恐縮した態度で丁寧に返してくるのだが、それでいてやはり、言葉の端々にはひっかかる言い方があったり、人の話をきちんと聞かなかったりする。
挙げ句の果てには、先ほど書いた稽古中のようなことだ。
この人は面倒臭いな、と思ったが、でもせっかく縁あって来たのだ。
もう少し様子を見よう、と、そう思うことにした。

そして、この日は何となくぎこちないまま終えたわけだが、それに加え、Iさんが僕を『先生』と呼ぶことは一度も無かった。

秘伝の握り方

次の稽古日、Iさんには、前回のことを注意した。
それと、僕のことをちゃんと「先生」と呼ぶようにと、改めて念押しした。
「Iさん、この前、僕のことを呼びにくそうにしてたでしょ? でも最初に会ったときにも言ったように、僕をきちんと先生と呼んで習う姿勢が無いのだったら、教えるのは断りますよ?」
そう注意すると、Iさんは恐縮して頭を下げた。

H君が少し遅れてやって来て、紹介も済み、三人で稽古することになった。
IさんはH君に対しては、先輩風を吹かせて、心持ち偉そうにしていた。

これも最初の頃のある日、形意拳の型についての話をした。
型をどこまで習ったかだが、Iさんの方が僕よりも習っていた。
というのも僕の場合、昔、最初の4年ちょっとで一旦抜けたときには、五行拳、十二形拳、連環拳、それに剣の型を一つ習ったところまでだったが、復帰後は先生たちが型を重視しなくなっていて、T先生も型を忘れてしまっていたりして、
『形意拳の本当の型はこうやる』
『本当の打ち方はこうだ』
『本当の使い方はこうだ』
――というのは、五行拳の上で教わったからだった。

それに、僕が知っている範囲の形意拳の型は、直接習っていないものも含めて、多少違う動きの部分があってもほとんどは五行拳のバリエーションだったし、もしくは正宗太極拳の中に含まれている動きだったから、改めてわざわざ全部覚えようとも思わなくなっていた。
でもせっかくIさんが型を知っていることだし、
「そのうち形意拳の型を教えてくださいよ」
と頼んでいた。
「え? でも色々違うところがあるんとちゃいますの?」
「もちろんそうです。だからウチのやり方で覚えさせてもらいます。Iさんも僕に教える際に、一緒にウチのやり方に変えていったらええでしょ」
「なるほど。わかりました!」
――けれどこれは、Iさんが年内いっぱいで来なくなったので、型を教えてもらうことはなかった。

それから、そんな話をしたとき、形意拳の握りについての話が出た。
「Iさんは曲がりなりにも十年習っていたわけやから、大体一通りのことは習ったんでしょ? 今この時点で、何か一つでも話せるようなことがあったら、ちょっと言ってみてくださいよ。そしたら僕もそれに見合うことを教えてあげますよ」
少なくとも知識的には、僕が知らないことを何か一つでも得られるかもしれないという期待があったので。
「……そうですねぇ。あ、そうや、こんなん知ってます? 形意拳の握りで、こんなヤツ」
Iさんが握ってみせたのは、人差し指の第二関節を突出させた握り方だった。
これは、大したことではないが一応は秘伝の一つなので詳しくは書かないが、まあ、空手で言えば中高一本拳と同様のものだ。空手の場合は中指だが。
「え? ちょっともう一回握って、よく見せて。どう握ってました?」
Iさんが再度握った、手のひら側を見たとき、僕は軽く吹いた。
「あー、それ、ちゃいますよ(笑)」

ところで、形意拳を習っている人は、同系統の人なら4、5年くらいで教わるかな……?
ともかく、上記の文章でピンときた人も居ることだろう。
Iさんも確か、それくらいで習ったと言っていたと思う。
「それね、そんな握り方で突いたら指を傷めますよ。本当はこう握るんです」
と、僕が学んだ握りをやってみせた。
Iさんはすぐに違いがわからなかったので、「こうです」と、最初からまたゆっくり丁寧に握ってみせた。
「で、どう違うかわかります?」
「え? この指がこう……でしょ?」
「いえいえ、そういうことではなくて、効果の話です。握り方の違いは今、僕が説明したやないですか(笑)」
僕はミットを取り出して、最初の握りで拳をここに押し当ててください、と指示した。
「そのまま押してきて」
するとIさんの人差し指の突起は、小さくなって手の中に戻っていく。
「支えている側の指も痛いでしょ?」
「痛いです」
「だからね、速く突いたら指を傷めるというのが、わかるでしょ?」
「あ、はい」
「そして、僕が教えた握り方だと……」
「なるほど。耐えられますね」
「そう、しっかりしているでしょ」
ミットに押し当てても戻らないし、支えている指が痛くなったりもしない。
「こんな違いがあるんですね……」
「まー、ちょっとしたことですけどね」

当然、こういう握り方では、急所や柔らかいところを突く。
よほど固いところを突いたら、僕が説明した握り方でも傷めることはあるかもしれないが。
そして、僕が説明したちょっとした違いは、たぶん空手の中高一本拳でも本来は同じではないだろうか。
何故なら、僕が習った伝の柳生心眼流にも同様の握りがあるが、かたちの違いはあっても強度を増すための固定の仕方が同じだからだ。
流儀が違っても発想の行き着くところは、大体似通ってくるものだと思うので。

「他には何か無いんですか? 今教えてもらったことには、僕が上のやり方を教えてあげたから、お返しはしたでしょ?」
「……そうですねぇ。今……すぐに思いつくことは、特に無いですねぇ」
「そうですか」
じゃあ、と、僕はさらに二つほど教えてあげた。
一つは、昔、松田隆智さんが本の中で書いていた“小天星”について。
本当に同じかどうかはわからないが、僕はこう習ったと。
それから柳生心眼流の握りについて。これは“五○の拳”というのだが。

ちなみにIさんは、さっきの握りに関して、前の教室では、かなりもったいつけた感じで教わったそうだ。
「これは浸透する突きの握り方で、秘伝だから、無闇に人には見せないように。特にこの教室内でも、初心者の人たちと型をやるときにはこの握りは隠してください」
それが即、僕にダメ出しされて、ちょっとショックだったようだ。

また、しばらくして、思い出したように言った。
「そういえば私が習っていた先生たちは、私には『人に見せるな』と言っておいて、自分たちは無意識に握っているときがありましたよ。本当はそんなに重要でも無かったんですかね?」
以下、そのときの僕の答えと会話。
「いや、そういうわけでもないでしょう。その人たちなりに、一応は秘伝として扱っていたんでしょう。でも、秘伝だからといって稽古しないわけにはいかんでしょ。つまり、例えば、一人で稽古するときにはそういう握りでやっていたりするのが、ふと隠すのを忘れて、出てしまったんでしょう」
「でも、人にはそう言っておいて……」
「僕もね、時々やっていますよ。例えばIさんに、もう少ししてから教えると言っていたウチでの正しい握り方。実は僕は時々そう握っているんですよ。でもIさん、気づいていないでしょう?」
「えっ? そうなんですか!」
まあ、僕はことさら隠していたわけでもないのだが。

それからIさんは、このあと僕に何か教えてくれることは無かった。
これも、年末で来なくなったからというのもあるが、Iさんとのやりとりから察するに、型を教わるばかりで、口伝などは、本当にほとんど知らなかったようだ。
指導していて「知らなかった!」「目からウロコですわ!」などと言っていたし、教えたことをやらせようとすると、まともにできないことが多かったから、わざと隠していたとは考えられない。
用法についても初歩的な型の意味以外はまったく理解していなかった。
よくそれで十年も『武術』と思ってやって来れたものだと、感心してしまったのが正直なところだった。

掲示板とML

何度目かの稽古の日、H君が遅れて来たときのこと。
その日はIさんも、都合で遅れそうだったが慌てて急いで来たので、H君が遅れると判っていたら自分も時間をずらしてもらってゆっくり来たのに、と漏らした。
それで僕は、門弟用の連絡掲示板を設置することにした。
そしてわざわざそういうページを作ったのに、Iさんだけがなかなかアクセスせず、まともに使わないことが続いた。
Iさんが言い出したことがきっかけでそういうページを作ったのだからと、ちゃんとアクセスするように促したのだが、なかなか見もしていなかったので、そのことも注意した。

書き忘れていたが、Iさんは株式投資をやっていて、ノートパソコンを持ち歩いているとのことだった。
さすがに稽古に来るときは持ってきていなかったが(一度くらいは持ってきていたことがあった気がするが)、少なくともそういうことができるくらいにはパソコンを使えるわけだ。
これまた、言われたときには恐縮した態度で、
「帰ったら見ときます。必ず見ます!」
と、毎回言う癖に、見ていなかったりするものだから、それで僕もまた小言を言うということが繰り返された。

そして、僕の方も試行錯誤をして、掲示板はあまり効率的では無いと思い、メーリングリスト(以下、ML)に切り替えた。
それで、鍛志会からのメールを受け取れるように携帯の設定を変更しておくように指示したのだが、これもやらずに、
「次までにやります!」
と言うものだから、そのことでもイライラさせられた。
「やる」と言ったならやれよ、と。
ただ、振り返って思うに、僕がきつい言い方をしなかったものだから、どこかなめていたのだろう。
この件は年末まで続くことになる。

技談義

これも最初の頃のある日、内容はあまり憶えていないが、型の用法や技の使い方の話をしていたことがあった。
その日、どの部分をどれだけ話したかはわからないが、言いたかったのは大体こういうことだ。

まず、どんな武術流儀でも大抵、身体の見立ては中心線と上・中・下、攻防・歩法は八方向で考案されている。
それを踏まえて分類・整理していけば、太極拳の技も同系の技、同じ技のバリエーション、などがあり、そんなにたくさんのパターンが無いことに気がついてくる。
相手が蹴ってきたら単鞭だとか、突いてきたら楼膝拗歩だとか、そんなふうに使い分けるものではない、ということだ。
また、太極拳の、技の名前が付いている一纏まりの動作の中には幾つもの動きが複合的に織り込まれていて、複数の用法がある。
これが曲者で、適当な解釈も成り立つわけだが、それはともかく、型の流れの上では「相手がこう攻撃してきた場合」というような想定はあるが、主要な技では、あらゆる攻撃に対応できるバリエーションが考えられている。
例えば正宗太極拳の楼膝拗歩は、上段、中段、下段、側面、蹴り、など、様々な攻撃に対応するバリエーションを一つの型の中に収めている。
そういうことをよく研究した上で、自分の得意な技を抽出し、相手がどんなふうに来た場合でも、得意な一つか二つの技で対応できるようにするのが良い。――と。

話のきっかけがどちらからだったかは忘れたが、途中、Iさんからの質問に答えるかたちも含めて、こんな話をした。
だから、
『なるほど。では、こんなことについてはどう思いますか?』
――みたいな返し方だけだったなら、僕も機嫌良く話せて、口も滑らかになるというものだが、Iさんは対抗的に自分の思いを述べようとする。
もちろん意見を言ってはいけないというわけではないから、言うのは構わない。
しかし何を言ってもいいということではない。
問題は、内容と言い方だ。
たった今話していることを理解していない返し方や、対抗するような言い方をされては、僕も気分が悪い。そして――
「相手がどんなふうに来ても自分の得意な技で」
と言いかけたとき、
「というよりも~~」
と、反射的に返してきたのだ。
僕はそれまでにも軽くイラッときていたのを抑えながら、機嫌良く会話しようとしていたが、この“というよりも”にはカチンと来てしまった。
「ちょっと待って。その『というよりも』というのは、何かな? Iさん、あなたね、僕に習いに来てるんでしょ? 人の話を遮って『というよりも』ということは、僕の話を否定して何か言おうとしているわけですよね? そんな言い方をして、それ相応のことを言えんかったら、僕は怒るかもしれませんよ?」
すると、Iさんは「すみません」と恐縮して引き下がった。

そういえば去年「面従腹背」という言葉が、前川某氏のおかげで使い方も含めて話題になったが、その話題の元はともかく、本来の意味として、Iさんを見ていて僕はよくこの言葉が頭に浮かんだものだった。
例えばこれを、僕とT先生の場合に当てはめて考えても、僕はIさんと同じではない。
僕はT先生を嫌いながら習い続けていたわけだが、最初から嫌っていたわけではないし、嫌い一辺倒でもなかった。それに、少なくとも習っている武術に関して、Iさんのように対抗するような物言いはしなかった。
力でねじ伏せられたり、きつい稽古を強いられたり、組手で当てられたりしても、露骨にむっとしたことは無い。

それがIさんの場合、わずか3ヶ月の間にどれほどあったことか。
そして僕は、T先生のようなひどいことを言ったりしたりはしない。
小言は言うが、それはまあ、相手の受け取り方次第ではあるが、僕としては相手のためを思ってのことだし、その小言を言わせているのも当人だろう。
まあ、Iさんは表面からしてあまり従っていないところがあったのだから“面従”とも言い難いか……。
「むっとした」で思い出したが、最初、年上だからと遠慮している部分があったが、そういうところが伝わるからか、Iさんは稽古中にむっとするところがあって、そのことも何度か注意した。
そして、僕もIさんのことは年上として立てるのは、次第にやめていった。

型の変更に関して

型については、今までのやり方で続けていたらウチのやり方が身に付かないため、少しずつでも変えていく必要があるということは、最初から説明してあった。
何せ身法が違うし、Iさんが習っていた某団体の型は虚飾の動作が多いように思える。
使い分けられるならそれでも構わないが、そんなことは大抵の人は無理だろう。
体験のときにもそういうことを説明して、「どうしますか?」と確認を取ったが、Iさんはウチのやり方を選択するとのことだった。

けれど、稽古の時の動きを見ていたら、どうも今までの型を続けているんじゃないかという気がした。
「Iさん、前にも説明しましたが、型に関しては――」
と言いかけたら、また話もちゃんと聞かないうちに、
「今までのは捨てます。こっちに切り替えます!」
と即座に返した。
僕は苦い思いだったが、面倒なので一旦置いた。

そしてある日のこと。稽古風景を撮影していたカメラは、いつも三脚に固定して回しっぱなしだったのだが、あとでそれを見ていたら、僕が忘れ物を取りに部屋に戻ったときに、Iさんが前の教室で習った型の一部をH君の横でやっているのが映っていた。
まあ、待っている間、手持ち無沙汰な感じでちょっと動いていただけだが、しかしそれを見て、僕はがっかりした。
また、これも同じ日だったと思うが、Iさんが興味を示したので「あとで振らせてあげるよ」と言って稽古場に持って行っていた素振り用の木刀も、僕が居ない間に勝手に振っていた。
カメラを回しっぱなしにしているのは判っていたことなのに、僕がちょっとその場に居ないだけでカメラのことも忘れてそんなことをしている、調子の良さというか、バカさ加減に、怒る気も起きなかった。
だから、何かの折りに言ってやろうと思ってすぐには言わずにいたのだが……。
そして僕は、Iさんにはあまり親身に教えるのはやめようと思うようになっていった。
こんなことでは長くは続かないだろうとも思ったし。

真っ直ぐ突く稽古

それでも、毎回一緒に稽古していれば、情のようなものも湧く。
Iさんもビールを買ってきて差し入れてくれたりもしたし、それを一緒に飲んだりもした。
そしてまたお返しにと、僕もビールやチューハイを出して、稽古後にまた一緒に飲んだ。
もし、口先だけでごまかしたりするような調子のいいところが無かったら、少々扱いにくいところはあっても、そうイライラはしなかっただろう。

そんな気持ちもあったから、年末のある日、身法の中で割と重要なことを一つ教えた。
そのときの説明の便宜上、ゆっくり突いて来させて、その拳を僕の方に寄せてきてみて、と指示した。
「するとこうなるやろ」という説明なのだが、あくまでも原理を説明する上での、便宜上の話だ。

そして次の稽古の日、ふと試したいことを思い立って、Iさんに一本、突きを要求した。
そして突いてきたIさんの腕を僕が受けたら、その腕をぐいぐいと僕に寄せてきたのだ。
(はあっ?)
何をやってるんだ、この人は!
無性に腹が立ってきた。
「Iさん、さっき何であんなことしたん?」
Iさんはよく解っていない様子。
この人、思った以上に、今まで教えたことを理解していなかったんだな、と思って、さらにがっかりした。
こんなことでは、コツなどを教える以前に、一からやり直しだ。

きちんと真っ直ぐ突くように指示して、僕がミットを持っているところをめがけて、一歩出て突く練習をやらせてみた。
すると、まともに突けないのだ。
「このミットに向かって真っ直ぐ突くだけですよ。僕は避けるけど、ミットは動かさないから。そして、ただ当てるだけでいい」
ところが僕が動くのに釣られて、真っ直ぐ突けない。
「じゃあ、動かないでおくから」
と、僕の胸にミットを置いて、ここに向かって突いて来いと言っても、うまく突けない。
よくこんなんで人に逆らう態度を取るもんだな、と、またちょっと腹が立った。
それで、この日はその稽古を何度もやらせた。

それからこの少し前に、ダミーミットを持ってもらって突いていたとき、僕の突きに対してミットを押し返してきたこともあった。
それで僕は軽く手首を捻ってしまった。
そのときにも「何でそんなことをしたん?」と、ちょっと怒った。
ウォーミングアップ用に片手で持ったミットでパンパンと押し返すように受けるのはあるが、でかくて厚みのある重いミットで押し返したら、タイミングによっては手を痛めてしまう。
まして、そんなことをされると思っていなかったから、うっかり捻ってしまったわけだ。
どうもこういうところ、T先生とも似ている。
その場の思いつきで約束にない行動を突発的に取るところだ。
精神的にちょっとおかしいところがあるんじゃないかとさえ思ってしまう。

忘年会とその後

焼肉代

忘年会は焼肉にしようということになっていた。
僕の行きつけの店で、H君とは前にも一緒に行ったことがあった。

H君の退会の経緯でも書いたが、安い店だし一人5、6千円くらいを想定していて、ひとまず5千円ずつ出しておいて、もし足が出たら立て替えてくれるように、H君に頼んであった。
(※2017年1月27日『年末年始の稽古とH君の退会』参照)

足が出るとしても数千円程度と思っていたのが、結果的に6千円以上オーバーしたのだが、それは、実はIさんがあるものを注文したからだった。
あるものをIさんが食べたがったから、合わせて僕らも頼んだ。
それが無かったら、最初に予想していた範囲のオーバーだったろう。
で、立て替えを頼んでいたH君は充分なお金を持ってきていなかったので、結局、Iさんが立て替えた。

メール設定

忘年会のあと1回稽古があったが、H君は休み。
その日、僕はIさんに、前述のMLのメール設定のことで小言を言った。
Iさんは、今度はちゃんとします、と言って帰った。

その2、3日後だったと思うが、Iさんからメールが来た。
今、設定中なので、僕に送信実験をして欲しいとのことだった。
ところが、何度やってもうまくいかない。
それだけでなく、Iさんが送ってくるメールの文章が要領を得なくてイライラ。
僕の我慢も頂点に達しかけていたので、最後はちょっときついことを書いて送った。
それに対する返事は無し。

あとで気がついたが、このメール設定に関しては、僕の勘違いにも原因があった。こちらの設定にも間違いがあったのだ。
こう言っては何だが、Iさんにイライラさせられるうち、僕の方も途中から勘違いをしてしまっていた。
そして、通常はやらないような凡ミスを見過ごしてしまっていたのだ。
でも、最後に返信して来なかったのにもカチンときていたし、今度会ったときに説明しようと思った。
メールで書くにも、そのためにだけ長文をつらつら書かなければならなくなるし、また要領を得ないやりとりになりそうだったからだ。

新年初の稽古日

これも前にも書いたが、IさんとH君が、奇しくも同じ誕生日だったことが年末にわかったので、僕は二人にプレゼントを用意していた。
それと、稽古後に飲もうと思って、酒や料理も用意してあった。

すると、何となく予感はあったが、H君はドタキャン的に休み。
Iさんは長崎のお父さんが亡くなられたそうで、1月中は諸々で会社を休むため、稽古もしばらく休ませて欲しいとのメール。
そういうことならと、僕はねぎらいの言葉と共に承諾の返信をした。
それに対する返信は無し。

まあ、こんな状況で言うのも何だが、普通は「ありがとうございます」とか何とか、もう一度よこすものだと思うのだが。
Iさんはそれまでにも、自分の用件を投げっぱなしにするので、そういうところはちょっと足りないと、これも注意したことがあった。

さらに言えば、だ。

細かい用件は基本的にパソコンのメールアドレス宛に送って欲しい、携帯には、稽古日の連絡とか、一言程度のやりとりで済むようなときだけにして欲しい、と、何度も言ってあったのに、このメールは携帯宛だった。
で、パソコンから返信しようとしたら、エラーメールが返ってきた。
一度設定した受信設定を、元に戻してしまっているらしい。
それで仕方なく、僕は苦手な携帯メールを打って返信した。

それから、「しばらく休む」というのはいつまでなのかが書かれていなかったのだが、見通しが立たないにしろ、とりあえずいつまで、その頃になってまだ行けそうにないようならもう一度連絡します、とか、書きようがあるだろう。

そしてその後、H君との話し合いがあった。
その際、Iさんが立て替えた分の精算が済んでいなかったので、H君の分として2千円を預かった。
H君は退会することになったが、僕は最終月の月謝を負けてあげたことだし、
「もしかしたらIさんはこのまま来ないということも考えられるけど、その場合は僕がこの2千円をいただくことになってしまってもいいか?」
と尋ねて、承諾を得た。

H君はその後、エビスビールを1ケース送ってくれた。
何の前触れも無く届いたのでちょっと驚いたが、僕へのお礼だそうだ。
H君も手のかかる子だったが、話せばちゃんと通じる受け答えができる子だったし、少なくとも気持ちは一番ある子だったと思っている。

最後のメール

そうこうしているうちに2月に入って、Iさんからは音沙汰が無いままだったので、
「今月中に連絡が無かったら、Iさんのことは切ろう」
と思っていたが、案の定、その月に連絡は無かった。

そして3月10日になって、Iさんからメール。
文章をまるまる引用しよう。

件名:Iです…ご無沙汰してすみません。

先週母の葬儀も終えました。2月は母の入院や介護の手配で休職状態…解雇、退職も覚悟していましたが、13日から出社する予定です。
仕事も含め身辺整理に務めます。ご無礼をお許しください。

一見丁寧なようでいて「なんじゃこりゃ!?」なメール。
まず「母の葬儀」って、この「母」は「父」の間違いだろう。
そして自分のことだけ書いて、来るのか来ないのかがまったく書かれていない。
幾ら不幸があったとは言え、3ヶ月も放置してこれか。
やめるにしても、やめるで構わないから、きちんと意思を示して書くべきだろう。
調子はいいわ、口先だけやわ、自分中心やわ、はっきりせんわ、で、僕は完全に愛想が尽きた。
だからこのメールには返信もしなかった。

あと、忘年会の焼肉代の精算について、H君から預かった分と僕の分を合わせて郵送しようかとも思ったが、本人がまともに連絡して来ないから、もう放っておくことにした。

僕は、今までに来た子らは、誰に対しても、本人が来る気があるならまた受け入れる気はあるけれども、Iさんだけは絶対に断ると決めている。
まあ、むこうも、そうまでして来たいわけでもないだろうが。

まとめ

正宗太極拳も、いつの間にかブランド化して結構広まっているのだが、こんなふうにまったく武術として成り立っていない人も居るのが現実だ。
ただまあ、K君やIさんが所属していた某団体は、聞いた限り、あまりにもひどい。
別に健康太極拳の教室というならそれでいいが、K君は武術としてやりたくて入門したのに、それらしいことを習えなくて僕のところに来た。
Iさんが武術をどう捉えていたのかは、今となってはよくわからない気もするのだが、十年やっていて素人同然。
自分でも、
「空手を数ヶ月やっているだけの人にも負けると思う」
というようなことを言っていたことがあったが、僕は、Iさんは、武術・格闘技の類を何もやっていない人にでも、若い人にはまったく太刀打ち出来ないだろうと思う。

その、前の団体の教室の指導者は二人で教えていたそうだが、その人たちはどうだったのかと尋ねたら、
「素晴らしい人たちでした」
との返答だった。
僕は頭を抱える思いで、
「いやいや、武術の実力はどうだったのかと聞いているんですよ」
と尋ね直した。
しかも「素晴らしい」って、まったく具体性が無いではないか。
そして尋ね直してもまともな答えが返ってこない。
とにかく、繰り返しになるが、要領を得ない会話になるわ、時々対抗してくるわ、話の腰は折るわ、言うことは聞かんわ、余計なことはするわ、で、ろくなことが無かった。
悪気はないのかもしれないが、人をむかつかせたりイライラさせたりするところが多々ある。
会社でいじめられていたというのは、そういうところに由来するのではなかったのだろうか……。

長くなったが、これでもだいぶ削った方だ。
一応は読者へのサービスとして武術の話もちりばめたつもりだけど、まともに全部読む人がどれだけ居るのかな……(苦笑)

ただ、記事をなかなかアップできない間に、ずいぶんとアクセスがあった。
多くの常連らしき人が、新しい記事が無いかマメに覗きに来てくれているようだったので、ちょっと心苦しかったのだが……。

次回からはまた、第二期修行の続きに戻る予定だ。

※2018年3月10日
この記事で書き足りなかったことを次の記事『前記事への追記・補足』に書き足しました。よかったらそちらも読んでください。
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