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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

ミット打ちのススメ

投稿日:2012年9月29日

中国拳法をやっている人でミット打ちをしている人がどれほど居るだろうか?

この場合のミット打ちとは、必ずしもボクシングのようにトレーナーが居てワン・ツーや連打などを打つ練習を言うのではなく、一つ一つの攻撃技を、ミットに当ててみて、感触や威力を確かめるように打つ練習のことだ。
もちろんボクシングのような練習もしていいのだけど、この頁ではそういうものを指さないことにする。
何故なら、武術はやはり、一打必倒…とまではいかないまでも、一発でも喰らったらただじゃすまない打撃を目指すからだ。
ただじゃ済まないとは、まともに入れば、下手をすれば死ぬ、死なないまでも意識が飛ぶ、あるいは、昏倒する、立ち上がれない、戦意喪失する、といったことだ。

中国武術で、特に型ばかりやっている人の動きを見ていると、発勁、発勁、と言いながら、一つ一つの動作は軽く見えるものが多い。
どっしりした動きの拳法であっても、短い距離から打つ動きになると、何だか軽く見えたりする。
動きが大きい打撃、例えば拗歩捶(ようほすい。空手で言う逆突き。ボクシングで言うストレートパンチ)のように、拳の移動距離が長く、体の使い方が大きければ、素人や初・中級者の打撃でも当たればそれなりに効くに決まっている。
しかしそれさえも、空手やボクシングなど他の打撃系武道・格闘技に比べれば、どうもお粗末に見えてしまう。
一方、短い距離、例えば体に近いところや密着状態から打つ場合は、そういうやり方を知らない他の武道・格闘技の人を驚かせたりすることもあるが、宴会芸の域を出ない技術程度であることが多い。
(正直言って僕もそうだった)
やはりごく当たり前なミドルレンジからの打撃や接近してからのショートレンジの打撃(宴会芸的発勁でない)をきちんと練習すべきだろう。
その道筋の一つとして、型に拘るのであれば、型に含まれる打撃を用法的に分解して、それをミットに当ててみる練習もした方がいいと思う。

何故ミットか。
それは、ミットを人に持ってもらって打つことによって、当たった感触や威力が、打ち手も受け手もお互いに判るからだ。
もちろんサンドバッグを打つのも悪くない。
そういう環境があれば、実際に何か物を打ってみる練習というのは、とにかくした方がいいに決まっている。
ただ、ミットは価格も安いし、ミット打ちは手軽に出来る練習なので、僕的には激オススメだ。

利き手の大怪我が元で武術を一度あきらめてしまってから後、1人で細々と武術を再開していたとき、実はミット打ちがしたいと思っていたのだが、練習相手が居なくて困っていた。
S先生門下に復帰したときは、ミット打ちを当たり前にやるようになっていて、嬉しかったものだ。

そのミット打ち。
やったことが無い人は、実際にやってみると、型通りの技がいかに効かないかが判る。
例えば形意拳の五行拳。
型通りに打ってみると非常に効かせにくい。

ミットは、なるべく固定して持ってもらう。
ボクシングのように、パンチに合わせて小気味よくミットを前に出したり、打撃に逆らわず後方に弾かれるのではなく、時には両手で支えてもらって、あまり動かないようにする。
それでも、サンドバッグやビッグミットのように重い的でないのがいいのだ。
そしてミットはあまり厚手で無い方がいい。
例えば格闘技でウォーミングアップに使うミットのように、薄手の方が、打つ方も受ける方も感触がよく判る。
(但し、薄手のミットは、打ち手の打撃力が強い場合、かなり痛い。それを考慮してほどよい厚みのものと薄手のものを使い分けるのがいいと思う)
そして、素手で打つ。
慣れない内はグローブや手袋をしてもいいが、武術なのだから打つのは素手だ。
だから、グローブ向きにミットが凹面になっているものは避けた方がいい。

へなちょこな打撃しか打てない人は、ミットを打ってみれば、いかに自分の打撃に威力が無いかが自覚できる。
そこで前述の拗歩捶のように、長距離打撃から入れば、それなりに強い打撃が打てるが、初めは手首を痛めやすい。
あるいは肘や肩にも来る。
姿勢が悪かったり、自分の打撃に対する支えがしっかりしていないと、打った瞬間に反動でぐらついたりもする。
それが多少サマになって来て、ようやく、まともな打撃が打てることの入り口に立ったくらいに思うことだ。

打ち方にはもちろん、身法的な要領もあれば、様々なコツもある。
それらも踏まえ、筋力もつけて、打てるようになると、また手首などの弱い部分が耐えられなくなる。
僕の場合、今よりもっと下手だった頃には、
「どうしてこんなに上手く打てないんだ?」
と、どんなに強く打とうとしても手首に来ることなど無かったのに、要領を教わって威力が増した途端、手首を痛めそうで全力で打てなくなったりした。

型を重宝がっている人たちは、ミット打ちや組手・スパーリングなどを否定的に捉えて、
「手っ取り早く強くなるか、じっくり時間をかけて強くなるか」
の違いのように捉えていたりするが、型を通して自分の体との対話の中で力の伝わり具合を養っていくようなやり方は、大昔の人が初心者を煙に巻くのに使ったやり方でしかないと思う。
そんな方法で強くなろうとする人が、現代武道・格闘技に後れを取ってしまう。
もちろん本人が納得ずくでやるのを否定はしないが、少しでも疑問に思う人は、僕がここで書いていることも参考にしてもらいたい。

さっき型通りの打撃は効かせにくいと書いた。
それは、表演型のように見せるための型、あるいは基本の基本…といったようなものでなく、一定以上武術的な要求を踏まえて成り立っている型でも、やはりそうなのだ。
実はそこにちょっとした変更が入ると、格段に威力が違ってきたりする。
つまり、表演型ほどでは無くとも、やはり武術の型自体、本当のやり方を隠しているのだ。
ミット打ちは、そういうことを知らない人が、自分で考えてみる、模索してみる、ヒントにもなると思う。

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