中国拳法、武術、格闘技など、徒然気ままに…

太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

中国拳法への失望

投稿日:2013年2月27日

今回の記事は、実は先月始めから書きかけていたのだが、色々忙しかったり、煩わしいことがあったりで、ちょっとほったらかしにしてしまった。
2月も終わりなので、いい加減アップしておこう。。

昨年末に書いた喧嘩話の時期から何年か経った頃、テレビ番組で中国拳法と極真空手が組手をしているのを見たことがあった。
記憶の中の映像は幾つかあって、一つは番組企画で、見覚えのある日本人先生とその弟子たちが極真空手の門下生たちと一人ずつ出て組手を行うというものだった。
あと、一つか二つ(一つだけだったかも知れない)、太気拳と極真空手が組手を行っている古い映像が紹介されていた。
何分ずいぶん前のことで細かいことは憶えていなかったのだが、後にYouTubeなどに映像がアップされていて、改めて見ることが出来た。
調べてみると、番組は『リングの魂』だったことが判った。
『リングの魂』は、wikiによれば1994年から2000年まで放送されていたとのことなので、僕は20代の内に見たと思っていたのだが、どうやら30代になってからだったらしい。
時期を照らし合わせる内に段々と思い出してきたが、“ニッカ”との喧嘩からは7、8年くらい経っていたようだ。
その間の僕はというと、拳法の稽古は段々とおざなりになっていき、特にこれといった進歩も無いままで、そして左手を大怪我して武術をあきらめてしまっていた。

で、そのテレビ番組の映像だが。

後で判ったことも交えて書くが、見覚えのある日本人先生とは、何年か前に亡くなった龍飛雲さんで、この人は昔、全中連にも習いに来ていたそうだ。
酔拳を始め教えている拳法の幾つかは創作だろうとの噂もあるが、それについてはよく知らない。
とにかく、映像の中の酔拳も蛇拳も、
「そんな戦い方は無いだろう!」
と思うような、映画のカンフーアクションモドキで、極真の門下生に苦々しくあしらわれてしまっていた。
…と言うか、間の取り方がほとんど素人に近くて、評する言葉も無い。
悪いがこれについては、極真空手を凄いと思うよりも、あまりにも中国拳法側が痛々しくて、
(何でこんな人たちを連れてきたんだろう…?)
というがっかり感でいっぱいだった。
けれど、他の流派や団体の人を連れてきたところで、型中心の稽古をしている人なら大して変わらない気もしてしまう。
一方、太気拳の人たちも、極真相手にあまり通用しているとは言えなかった。
太気拳と言えば故・澤井健一さんの名声と共に日本では有名な拳法流派の一つで、澤井さんと大山倍達さんの交流も知られていたが、
(蓋を開けてみればこんなものか…)
というのが、そのときの正直な感想だった。
…けれども、、
そう言う僕だって、大した自信は無く、映像の中の人たちに比べれば、
「もう少しマシな組手が出来ただろう…」
という思いはあったが、中途半端にしか技を知らないところでブランクがある上、怪我をして武術をあきらめてしまっていたのである。

ところで、『リングの魂』が始まった頃は、その少し前にK-1が登場したこともあり、格闘技ブームの真っ直中だった。
レアな映像を見たのをきっかけに同番組や格闘技関連の番組を度々見るようになって、その頃からK-1やボクシングも以前よりは見るようになった。
そんなときに目に留まったのは、極真空手からK-1に参加して来たフランシスコ・フィリォ選手だった。
フィリオが他の選手と比べてどうだとか、彼の技が上手いかとか、そんなことはともかく、彼自身、大きくて、パワフルで、すごい選手だと思った。
そしてこれも『リングの魂』だったか(?)、彼の練習風景を取材している映像があったが、彼の蹴りでサンドバッグがくねって大きく揺れる様を見て、
(こんなヤツに勝てるワケが無い!)
と思った。
自分ごときの腕前では、これほどパワフルな相手の攻撃をいなすことは難しいし、有効な攻撃を当てることも難しい…と。
もちろん、本当の実戦、それこそ殺し合いともなれば、目突きや急所攻撃もアリだし武器だって何だってアリだ。
しかしそんな理屈を持ち出してきたら話にならないし収拾がつかない。
あくまで徒手武術の技術論として。

当時の龍飛雲さん一派は、自分たちのスタイルがあれほど通用しないとは思っていなかったのだろう。
番組企画とは言え、少なくとも一門の中では実力のある者を連れてきたのだろうし…。
だがそういう勘違いは、昔も今も、中国武術の世界には蔓延している感覚だという気がする。
古い映像の中で組手を行っていた太気拳の人たちの場合、大勢の交流会の中での組手なので、もしかしたらキャリアの浅い人が胸を借りるつもりで挑んだのかも知れない。
ただ、いずれにしても。
僕は極真の技術にも組手スタイルにも疑問を持っている方なのだが、それでも、構え合って少し様子を見た後、通常なら当たりにくいようなハイキックを、得体の知れない他派相手に出してくる自体、極真側は相手をなめているのだし、それを喰らってしまう側は実力差を認めざるを得ない、ということが言えるだろう…。

ちなみに、テレビに流れたかどうかはわからないが、太気拳と極真の組手映像は他にもあり、そっちに出ている人たちはほぼ互角に戦っている。
どれも動画がYouTubeに上がっているので、見た人も多いことだろう。

…で。

僕は19歳になる年に中国拳法や古武術を始めて、しばらくは、この世界のご多分に漏れず、現代武道やリング上の格闘技をどこか軽く見ていたところがあった。
それこそさっきの話、目突きや金的や急所攻撃を考えれば、体格差は埋められる、と。
リングの上での戦いを想定して武術をやっているわけではないのだから、と。
そしてそれは当時、上からの受け売りでもあった。
まぁ…確かにそれはそうなのだが、では、例えばグローブをはめた立ち技系格闘技は、本来の武術の技から大きく離れているのか、と言えば、そうではないのである。

理論的に言えば、ボクシングを始めグローブ格闘技では、手や腕を攻撃する(掴む、打つなど)、関節部分を攻撃する(極める、叩く、打つなど)といった攻撃が禁止されている他、肘打ち(※ムエタイには今でも肘打ちがあると思うが)、投げ、体当たりなどが無いため、それらへの対応が必要無く、また技自体もあまり知らないため、そういう技を知っている武術系の方が有利と言える。
しかし基本かつ終わりのない課題である間の取り方や攻撃線、攻撃線を外す防御の考え方、などといった部分は、現代武道も格闘技も同じなのであって、例えば武術をやっている者が目やノドを狙ったところで簡単には攻撃をヒットさせてもらえないのは言うまでもない。
そして練習量が違い体つきも違えば、ナマナカな技ではそう簡単には対抗できないのである。
例えばK-1などの格闘技を見ると、空手や拳法などをある程度経験した者からすれば、必ずしも上手いとは言えない選手が目につくことがあるだろう。
総体的な動きは通常の初段~二段くらいのものであっても、パワーとスタミナを付け、スピードを磨けば、そんじょそこらの三段~四段を上回ってしまうということだ。
中国拳法や古武術をやっていて、
「力じゃない」
というのを、ただ教えられるままに信じて、受け売り的に他人へも吹聴しているような人は、この辺のこともよく考えてみるといい。

僕の世代は、松田隆智さんが紹介して、少なくともその当時、謎の技法として一大センセーションを巻き起こした“発勁”に代表されるように、体格や力で劣る者でも大男相手に強大な威力を発揮できるというところに惹かれて、中国拳法を始めた。
ところがその発勁が一般的な技法として定着し始めたはいいが、フルコン空手やグローブ格闘技に比べて見劣りしない威力を出せる人がどれほど居るだろうか?
そんなことを思って、僕は中国拳法が嫌いにさえなった。
いや、と言うより、体操のような中国武術や、それらをやっている人たちのノリが嫌いになった、という方が正しいだろう。
もし強くなりたいという気持ちで武術をやるのなら、脱力だの身体操作だの正しいフォームだのに拘るのもいいが、まずは威力を出すためにごく当たり前な努力をするところから始めた方がいいと思う。

まーそんなこんなを考えて、他の武道・格闘技をより参考にするようになると、今まで自分が学んだ技に対しても理解が深まり、気づくところが幾つも出てきた。
気づいたことの中には、後に復帰してから教わったことと重なることも幾つもあった。
それらについても、また書くと思う。

以下、コメント

旧ブログからの移転にあたり、掲載当時のコメントはこの下に“引用”のかたちで付けておきます。管理人からのレスは囲みの色を分けてわかりやすくしておきます。
なお、現在はコメント機能は使用しておりません。ご意見、ご感想等はメールにてお願い致します。

私は高校時代地元で松濤館派の空手を習い、大学生時代京都で台湾系中国拳法家に出会いました。当時中国拳法に対してはナヨナヨとして曲線的動作をする。と云うイメージでしたが、実際に手合わせしてみるとキック・パンチの速さと重さ、鞭の様に絡みつく受け技に驚愕したものです。またその拳法家は身長175cm程で筋肉ムキムキのがっちりした体型でした。
早速弟子入りを希望したのですが双方の時間的都合がつかず断念。

その後全く別組織の門下となり中国拳法の稽古を始めましたが、世間一般で言う中国拳法のイメージでは無く、入門当初は松濤館派空手と同様にひたすら馬歩(騎馬立ちの様なもの)、その後ある程度形ができてきたら、パンチとキック、受け技などを習い、そこまで行った門下生は同レベル同士で防具を付けて思い切り打ち合う。というものでした。

そういった打ち合いがある程度できる様に成った者に初めて北少林・陳太極・洪家拳、など何れかの型を習う事が許されたものでした。

その団体は日本では殆ど表に出る事をしなかったので、門下生以外は殆ど実際の試合を見る機会は無かったと思います。

そこの有段者なら、極真会の門下生と互角とまでは行かないにしても、あまり無様な戦闘を見せることは無かったと思われます。

Posted by Shin at 2015年04月20日 13:16

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