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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

第二期修行14:S道場初訪問とその頃のこと【1】

投稿日:2017年8月31日

相変わらず忙しくて、気がつけば今月もまたあっという間に月末……。
とにかく一つだけでも記事をアップしておこう。
なるべく月に二、三回は記事をアップしたいのだけど、落ち着くまで、もうしばらくお待ち願いたい。

さて今回は、前記事での予告通り、S先生の道場に初めてお邪魔したときのこと、またその頃のことを書く。

――その前に。

ちょっと時期を遡る。

T先生と再会する前は、S先生の道場を探して、直接訪ねてみようかと思っていたこともあった。
前にも書いたが、実は今の住まいに引っ越して来る前は、S先生が住んでいると思しき地域まで自転車で20分程度のところに住んでいた。
なので時折、
(S先生は今でもこの近くに住んでいるんだろうか。もしそうなら、道場もこの近くで続けているかもしれない……)
などと、思いを巡らせていた。
しかし僕は、その頃はそれどころではなくて、直に探しに行ってみるどころか武術を再開するような余裕自体が無かった。
ちなみにT先生の学校は当時の住まいから一駅の距離だったが、それも住んでいた当時は知らなかったことだ。

で、その後30代後半に差しかかって、一人で細々と武術を再開していたわけだが、それから某SNSに入るまでの間に、S先生の情報がネット上に無いか、探したりもした。
T先生は昔のままなら新大阪近くに住んでいるはずだったが、前に習っていたときには就職して支部道場をやめてしまっていたし、S先生なら続けているだろうと思っていたので。
それに今の住まいからはS先生のところの方が近い。
あと、記憶に自信がないが、T先生の昔の電話番号にかけてみたこともあったような……。それで繋がらなかったから、S先生を探す方にシフトしたのだった気もする。

そんなあるとき、ネットで情報収集をしていたら、「もしかしたら同門かな?」と思える人のホームページ(以下、HP)に行き当たった。
確か自己紹介ページに師匠のことを書いていたのだったと思うが、どうやら同系の拳法をやっているようだ、というだけでなく、その師匠のイメージがS先生と重なるように思えた。……けれど、どうも確信が持てなかった。
その人はこんなことを書いていた。
『中国拳法の鍛錬というのもなかなかしんどいもので、始めた頃には70キロほどだった体重が、いつの間にか100キロを越えてしまいました』
記憶の限りだが、大体こんな文章だったと思う。
まあ確かにウチの流派でも“力の鍛錬”をやり始めてはいたが、こんなふうに体が大きくなってしまうほど凄い鍛錬ではなかったしなあ……と。
結果から言うと。
この人はS先生のお弟子さんの一人だった。
京都の人で“S木君”というのだけど、確かT先生との稽古が始まってから、その話をして、お弟子さんの一人だとわかったのだったかな……?

まあ、そんなふうにS先生の情報も不確かだったが、とにかく、もしS先生に習うにしても、T先生にも話を通さなければならない。
昔は一応、T先生の弟子だったのだから、それをすっ飛ばしてS先生に弟子入りするわけにはいかない。
T先生に正式に弟子入りしていたのではなかったとしても、筋として。

ちなみに、後のことも含めて言えば、ウチでは、俗に中国武術で言うところの「学生」と「弟子」のような線引きは無く、まあ、続けていれば弟子、ということだった。
しかしT先生にまた教えてもらうことになったとき、T先生がいきなり僕をしもべのように扱い始めたのには面食らったけれども……。

そしてまた、僕としては、どちらの先生に習うとか、勝手に決めていたわけではないが、ただ、いずれにしても、S先生の道場にもお邪魔させてもらおうということだけは心に決めていた。
T先生のところに一度復帰したときの記憶からして、もしT先生に習うことになれば稽古は週イチ程度になるだろうことは予想できたからだ。
結果からしても実際そうだったし……。

で、T先生との稽古再開後――。

先のような考えから、稽古帰りの飲み屋で、それとなくS先生の話題を振るようにしていた。早くS先生のところへも行かせてくれ、という催促だ。
再会時からそういう約束ではあったけれども、T先生からは、
『もう少し力がついてからな』
と言われていた。

S一門は、先生たちを入れて20人くらいとのことで、みんなこの鍛錬で体が大きくなってしまっているらしい。
まー確かにT先生も、昔より痩せた分、体重的な増減はあまり無いのかもしれないが、筋肉の質量は、見るからに明らかに違っている。
先のHPのS木君のように30キロほども変化したという人が、一体どんな体になっているのか、それを見るのも楽しみだった。

……そしてまあ、不安も無いではなかった。
「もう少し力がついてSさんのところにも行くようになったら、弟子の中で一番下のK原君という子が今で三年くらいやから、彼に相手してもらったらいい」
「そのK原君は、この鍛錬をどれくらいやってるんですか?」
「三年くらいやな。今はS先生が最初から(鍛錬を)やらせてるからな」
「ということは、拳法歴自体も三年ということですか」
K原君は、確かその当時で30歳くらいだったと思うが、一番筋力がある年齢でキャリア三年なら、鍛錬に関して一年未満の僕は、きっとかなり辛い思いをするに違いない。そう思うと、先が思いやられる。
「そう思うなら、今のうちにちょっとでも力をつけておくことやな」
「……はあ」
そして、エッチラオッチラ、鍛錬、鍛錬。

S先生の道場に初めてお邪魔したのは、僕は秋頃だったように記憶していたのだけど、前に確認したSNSの日記によると6月末だったらしい。
思ったより早かった。
予め謝礼のことをT先生に相談すると、ひとまず酒でも持っていったらどうかとのことだった。
『Sさんはワインをよく飲んでいるから、ワインでいいんじゃないかな』
――と。

S先生の道場へは、僕の住まいの最寄り駅から、そのローカル線一本だけで行けた。各停で20分ほど。到着駅からは徒歩10分以内。
僕の住まいからは、駅までバスで行っても、S先生の道場まで一時間以内で行ける。
(こんなに近かったとは! S先生の道場だけなら楽なのになあ……)
などと思いつつ、道場に到着。

そう言えばここに来る前、T先生と飲んでいるとき、幾度となくこんな会話があった。
「Sさんも今は凄い体になってる」
「昔は中肉中背でしたよね。今は筋肉モリモリですか?」
「筋肉モリモリというか、見るからにガチガチの筋肉というわけではないんやけど、例えれば“紀効新書”の絵に出てくるみたいな体やな」
「へぇー」
幾度となく、というのは、T先生は自分が話したことをすぐ忘れてしまう質なせいもあって、この紀効新書云々を何度も口にしていたのだった。
後に、同じことを何度も繰り返し言うのはS先生もそうだったが、この点はS先生の方がさらに輪をかけて顕著だった。
S先生の場合は、話したことを憶えていないというより、話題がルーチン化していて、自分の持ちネタに話が近づくと、それがトリガーになって、同じ話を繰り返してしまう、という感じだった。
いずれにせよ、一般的に年寄りはこれらの傾向が強いと思うが、二人ともこの当時はまだ40代だったから、正直言うと、僕はそういうときの受け答えが少々しんどかった。
このことはまた、そういう場面になったら書くと思うけれど。

道場として使用していたのは“○○会館”というような名称の、町内会用の小さな公民館だった。
平屋で、6畳と8畳くらいの畳の間があり、その二部屋を足した大きさの板の間が一部屋あるだけなので、「会館」というよりは「集会所」とか「寄合所」といった感じ。
確か、初めてお邪魔した日は、T先生が来る時間に合わせて「9時頃に」ということになっていたと思う。
稽古は、基本的には夜8時から10時のあいだで、早い人は8時前に来ていたが、先生たちは9時前後に来ていた。ずいぶんとアバウトだ。
で、この日、僕が着いたときには、数人がすでに来ていて稽古中だった。
会館に入ると、すぐ正面に4枚分(だったと思う)の引き戸があって、中から稽古の声やドタバタ音が聞こえていた。
その引き戸をそっと開けて、
「こんばんは……」
と覗き込むと、中の人たちの視線が一斉にこちらに集中。
僕の記憶では、S先生やT先生の兄弟弟子で、一番年上のT田さんが、その中に居て、すぐさま近づいてきて、
「おう、久しぶり! ちょっと老けたな!」
と、親しげに声をかけてくれたのが印象的だった。
T田さんとは十五年以上も会っていなかったんじゃないだろうか。
なのに口調はまるで数ヶ月ぶりのような軽いノリで、僕は何だかそれが嬉しかった。
S先生は、そのとき奥の方に居た気もするが、間もなく後から来たのだったような気もする。T先生は一番遅れて来たと思う。
とにかく僕は、その場に居た人たちに名乗って挨拶をした。
S先生が最初に僕を見たとき、何と言ったのかはよく憶えていないのだけど、雰囲気としては、
「来たんか。ふーん。まー稽古して行きや」
みたいな、あっさりした言い方だったように思う。
一応は僕のことも憶えていてくれたので、そこはほっとした。

例のHPのS木君は来ていなかった。
確か初めて顔を合わせたのは、1ヶ月くらいしてからだった気がする。
お弟子さんの中では四番目になると思うが、I上君という人が居て、その人はS木君に劣らない体格で、100キロ級。
110キロくらいあると言っていたんじゃなかったかな?
なのでこの日、初めて見たときには圧倒された。
(うわっ、でかっ!)
と思ったのが、正直な感想だった。
あと、他は誰が居たのか、正確には思い出せない。
ただこの日は、僕の相手になるはずだったK原君が休んでいたので、下から二番目になるという、S井君が相手してくれることになった。
下から二番目と言っても、S井君は十年以上のキャリアだという。
(げっ……)
嫌な予感が走った。
最初は、S先生がその日やろうと思った技の説明をちょこちょこっと受けて、みんなはそれを一本組手で試したりした。
今だから正直に書くが、僕はそのとき、お弟子さんたちの動きを見て、
(動き自体はあまり大したことなさそうだな……)
と思っていた。
それに立ち方もそれぞれまちまちで、少なくともそれまでの僕の感覚で言えば、あまり成っていないように思えた。
(どうして十年以上もやっていて、こんなにばらばらなんだろう?)
と、不思議にさえ思った。
但しこの疑問が解けるのはずっと後のことなので、今は一旦置いておく。

そして、お弟子さんたちの僕に対する目は、表面上は年上の僕を立てて丁寧に話してくれるものの、完全に僕を下に見ているな、と思った。
もちろん、武術を始めた年齢や、トータルのキャリアは僕の方が長くても、ブランクがあって、そしてこの流派では出戻りなのだから、僕は末席なのである。
だから、下に見られることも、下であることにも、異存はない。
ただ、暗に抑えつけるような態度を取られると、内心、嫌な気分になることはある。その辺のちょっとした機微だ。
あと、この日来ていなかった人も含めて言えば、そういった態度には個人差があって、例えば一番弟子のY本さんや二番目のM井君などは、そんなことはなかった。
とにかく僕としては、たまにひっかかることがあっても、それには気づかないフリ、気にしないフリをして、のほほんと、ただ友好的な態度を取るようにしていた。それは最後までそうしていたつもりだった。

――で、この日、途中から鍛錬になって、S井君が相手してくれたのだが、正直、T先生のときよりもきつかった。
T先生も僕をいびるように扱ってはいたが、S井君の場合は、僕に力負けしたら面子が立たないと言わんばかりに、ムキになって力を入れてきている感じだった。自分の優位を誇示するかのように。
そして、T先生との稽古でもそうだったが、僕はすぐにバテてしまって、数十回程度で力があまり入らなくなった。
それでも、とにかく必死についていくしかない。
「これでも一応、十年以上やってますんで……」
そうS井君は口にした。
そりゃ十年以上も筋トレやってたら、一年未満の僕を圧倒できるのは当たり前だろうよ、と思ったが、そんなことは言っても仕方がない。
それにK拳のことは、僕はまだまだ何もわかっていないのだ。
ちなみに身長は変わらない。S井君の方が僕より細く引き締まっていたが、体重はそのときなら5キロも違わなかったんじゃないだろうか?
その後は僕も体が大きくなったから、もう少し差がついたと思うが。

ただ、鍛錬では圧倒されたが、僕はこのとき、S井君のことは大方理解できた気になっていた。
(この人は“技”をわかっていない)
――と。
僕は別に、根に持っていてこう書いているのではない。
あくまでもそのときの率直な感想なのだが、しかしこのときの直感は、その後のS井君を見ていても間違っていなかったと思う。
そして、S井君だけでなく何人かのお弟子さんは、K拳で目指すところの根幹的な体作りは出来ているにしても、やはり技の部分は疎かになっていると思う。
まあ、S先生的には、
「少々技が下手でもK拳の鍛錬さえこなしていれば、つまらん相手の動きなど技ごと粉砕できる」
というような考えが根底にあるので、
「不器用なヤツは技なんか無理に覚えようとせんでええ」
とでも言いそうではある。
しかしこれについても、後にS先生と話し合ったことがある。
それもまたいずれ書くことになるだろう……。

それはともかく、このときの僕はS井君にコテンパンにやられてしまって、ぐったり、へとへと。
まあ、一方的にやられて「悔しくない」と言えば嘘になるが、この時すでにアラフォーの出戻り男が30代前半の十年選手に力負けするのは、当然といえば当然。致し方あるまい。

帰り、S井君は僕と同じ地域に住んでいることがわかって、一緒に帰ることに。降車駅は違うのだけれども、途中まで。
「hideさんはT先生にマンツーマンで習っているそうですね」
「あ、うん、まあね。でもブランクがあるし、K拳の鍛錬は始めて間がないからね。それにしても、力というものも、なかなかつかないもんやね」
「そらそーですよ。僕も一応、これでも十年以上やってますから」
(また“十年”かぁ……)
S井君、顔は大人しいのに意外と負けず嫌いなのかな、と思いつつ、心の中で苦笑。
――それから。
S先生の道場は、金曜日と日曜日が稽古日となっている。
これはもっとあとで知ったのだが、前は火曜日か水曜日も稽古日になっていて週三回だったが、みんな仕事や家庭の都合で来られない日が増えて週二回になったとのことだった。
S井君も仕事や家庭の都合であまり稽古に出て来られなくなっていて、今度いつ会えるかわからないとのことだったが、その後は確か風邪をこじらせたか何かで体調を崩したせいもあって、道場をしばらく休んでいたらしい。
次に会ったのは忘年会の時期だったと思う。

そして、T先生との次の稽古日。
「この前の稽古はどうやった? Sさん、すごい体やったやろ?」
「……そうですね」
まあ、確かに、“紀効新書”といえば、そう言えなくもないかも。
僕的には、100キロ級のI上君もそうだったけど、昔のプロレスラーみたいな体型だと思った。
ただ、S先生は、例えばVネックのシャツに沿って見えるあたりの胸筋は、あまり無かった。いわゆる鳩胸みたいに盛り上がった胸筋が無かったのは、ちょっと意外な気もしていた。
それを言うと、T先生は不愉快そうな表情を浮かべた。
しかし事実は事実だし、正直な感想なのだから、自分から聞いておいてそんな顔をすることもあるまい。
おべっかしか聞きたくないのか、この人は……?

あと、S井君にしごかれた翌日以降は、またとんでもない筋肉痛に見舞われて、のたうち回った。いや、のたうち回れないほど痛かった。
相手が変わったことで気づいたのだが、別な人と鍛錬をやると、微妙に筋肉の使うところが違って、またひどい筋肉痛になる。
それまではT先生としか鍛錬していなかったから、少しばかり体が慣れてきていたのだ。そこにS井君との鍛錬で、またもや重度の炎症。

その後しばらくは、T先生の指示で、月二回くらいのペースでお邪魔させてもらうことになっていた。
僕としては、フツーにS先生にも謝礼を払って、どちらにも行かせてもらいたかったのだけど、こういうのをすぐに許してくれないところは、ただ単にT先生の一存でしかなかった。

さて、今日はここで一旦置こう。
次回はこの続きで、K原君との稽古を始めてからしばらくのことを書く。

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