中国拳法、武術、格闘技など、徒然気ままに…

太極拳ってど〜よ!?

鍛志会

YouTube動画のURL

投稿日:2012年8月20日

先日アップした動画、視聴数は大体予想したくらいのペースなのだけど、このブログへのアクセス数からすれば少ない。
(これってどういうことなのかな?)
…と考えてみた。
もしかすると、
http://youtu.be/tu3c6PSA9rk
というURLのせいなのかも知れない。
YouTubeのURLは、
http://www.youtube.com/
--なので、ドメイン箇所、「youtube.com」が「youtu.be」になっているところは、
「おや?」
と思ってしまう人が居てもおかしくない。

YouTubeに動画をアップしたのは今回初めてだったので、僕も詳しくはわからないのだけど、どうやらこれは転送用のURLであるようだ。
先の記事でも書いたように、動画は“限定公開”にしているため、URLを知っている人しかアクセス出来ない。
だから、実際のURLを隠しておくための一応の処置として、動画へのリンク用URLをこのようにしてあるのではないだろうか?
http://youtu.be/tu3c6PSA9rk
--は、YouTubeの管理ページの中で「この動画のURL」として書かれてあったURLで、このURLをクリックすると、URLが転送されて、
http://www.youtube.com/watch?v=~~~
という動画がある実際のページに飛ぶようになっている。
(「~~~」の部分は、ここでは伏せておく)

まーもちろん、みんなが興味を持つわけではないのだろうし、どうやら途中までしか視聴しないとカウントが上がらないようで(?)、それも原因かも知れないのだけど。

また、別に大量のアクセス数を望んでいたわけではないのだけど、ブログのアクセス数からすれば不自然だなぁ…と思って。

ただ、僕自身、型は好きだけれど、稽古の中で型に特に力を入れているわけではないので、特別上手いとも思っていない。
しかしウチ的に踏まえるべきところは大体踏まえて演武出来ているつもりではある。
なので他派の人が僕の型を見たときどう思うかについては、多少興味がある。
例えば僕は、表演武術の人や、“武術”ということに拘りながらも表演武術とあまり変わりない型をやっている(と思える)人たちが、その世界の型を見て、どういうところを見るかとか、どうならば上手いと思うか、などは、大体判る。
それは松田隆智さん以降の入門書や中国武術雑誌で散々語られてきた部分だし、僕もそれらを信じてやってきた時代があったからだ。
そしてその価値観は未だに続いているし、一部場を移しネット上でも続いている。
だから、その世界の人たちが僕の型を見たとき、プラス評価ならどんな表現の言葉になるのか、マイナス評価ならどんな表現の言葉になるのか、ということも、大体予想がつく。
しかしいずれにせよ、細かいところに、例え一つでも二つでも、気づく人がどれだけ居るのか、は、試してみたい気もする。
僕自身の巧拙はともかく、この型についてどれほど深く見ることができるのか、またそんな人がどれほど居るのか、ということだ。
例えば、
「ここは、きっとこんな意味があるんだろうな」
とか、
「ここはごまかしているのかな?」
とか、
「この流儀的にはこうしているんだろうが、ここはよくない」
…などというように。。
それが的を射ているのかどうかはともかく、だ。
あと、同系の太極拳でも余所ではやらない動作があるので、同じ系統の太極拳をやっている人なら、他派よりは気づける可能性も高いとは思うのだが。。
で、
そんなことを考えると、YouTubeでフツーに“公開”してみようかな、とも思うのだけど、
(やっぱり気恥ずかしいしなぁ…)
…と、迷うところ。。(^_^;)

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追記:
※一定期間を経たので上記動画を削除しました。(2012/12/02)

※改めて下記にアップロードしました。(2012/12/05)

動画のURL: http://youtu.be/Sz-4lhqte3A

 

以下、コメント

旧ブログからの移転にあたり、掲載当時のコメントはこの下に“引用”のかたちで付けておきます。管理人からのレスは囲みの色を分けてわかりやすくしておきます。
なお、現在はコメント機能は使用しておりません。ご意見、ご感想等はメールにてお願い致します。

型と言うのは元々個人練習のためにあるものなので、どこの意図がどうとか言うのは、他派の人はもとより自派であってもしません。
ただ、動きが自然かどうかなど全体を見るだけです。
これらは、例えば野球の素振りのようなものだと思います。ポイントは個人の中にあり、正しいとか正しくないとかではないと思います。

Posted by 東方異人 at 2012年08月21日 01:56

>東方異人さん

おや、東方異人さんにしては意外なご意見。
東方異人さんが学んだところは、その流派なりに色々細々拘りがあるような印象でしたので。

> 型と言うのは元々個人練習のためにあるものなので、

それは否定しませんが(と言うより、そんなことを返されるようなことを僕は言っていませんが)、それはともかく。
一応、拘って言うなら、元々はそうでも、一斉稽古を想定して変わった部分や、人に見せるために変わった部分は、あると思いますね。
そういう型の場合、やっている人が個人練習のためにやっていると思っていても、あまり「一人で型をやることによって上達する」というような意味での個人練習にはなっていない気がしてしまいますね。

> どこの意図がどうとか言うのは、他派の人はもとより自派であってもしません。

そうでしょうか?
そうであっても、それは東方異人さんや、東方異人さんのところでの話でしょう?

僕はちょっと前に空手の型について書いたことがありましたが、他派の型を見て、やっている人(個人そのもの)の巧拙はともかく、型の意味や意図するところを汲み取るようにして見なければ、ただ見ただけにしかならないでしょう?

> ただ、動きが自然かどうかなど全体を見るだけです。

失礼ながら、それでは(武術的に)“見た”ことにならないと思います。
何故ここにはこういう動作が入っているのか、何故手を捻るのか、何故足はこういう風に運ぶのか、一つ一つ意味があるというのは、松田隆智さんでさえ言っていたようなことでしょう?
中国拳法には素人目から見ても不自然なものが多いです。
そういう意味では「自然かどうか」というのも重要です。
しかし、経験者なら経験者なりの目というものがあって然りではないでしょうか?

> これらは、例えば野球の素振りのようなものだと思います。

野球の素振り云々はこの前も書いていたことですよね。
そしてそれには僕も同調しました。

> ポイントは個人の中にあり、正しいとか正しくないとかではないと思います。

自分の中でどう思うかは、もちろん、自分の中での問題です。
そんなことを僕は言っていませんし、東方異人さんが何を言いたいのかも、観念的でよくわかりません。
また、正しいとか正しくないとか、そういうことも僕は言っていませんよ?

例えば東方異人さんが、
「自分はそういう批評はしないし、型は自分のためするものだから、自分の中だけで自分の答えを持っていればいい」
というような考えであれば、それをここでレスすることは、僕への反対めいたことにはなっても、ちゃんとした意見にはならないと思います。
それなら、そういうことをここで書く必要もないのではないでしょうか?

もしこれが何度かコメントやメールをくれている東方異人さんでなければ、
「そうですか。あなたはあなたの思うように、お好きなように」
としか、僕は返さないと思いますが、あえて書きました。
もしお解りいただけないようであれば、今後はそうします。

Posted by hide~☆ at 2012年08月21日 03:06

考え方って、人によって違います。
もちろん、型そのものに対する考え方とか、比重とか。
同じ流派で同じようにしていても、目的の方向だとかあるいは過去の経験などから、やはり同じように思えることってないのではないかと思うのです。
私が言いたいのは、型は見せ合って参考にするところくらいまでが共通要素であって、それ以外の領域までは踏み込んで語れるものではないということです。

野球の例を出したのは、例えばバットの位置が高すぎる、寝かせすぎる、ヘッドが垂れ過ぎるなど、標準の構えからしたら外れている人は一流選手であっても多いことだからです。
もし野球に試合がなく、素振りだけで評価するなら個性的な構え、極端な構えをする人はみんなだめということになってしまいます。しかし、それで打てるならそれでいいし、本人はそれが一番いいからそう構えてるわけです。
型と言うのは絶対の基準とはならないために、それを根拠に論を語るのは無理ではないかなと思ってるわけです。別に、hideさんに反対はしていないのです。

Posted by 東方異人 at 2012年08月23日 17:35

>東方異人さん

論点が違っていてお話になりません。

野球の例えについては異論はありません。
そこは僕も同じですし、一つ前の記事、

当流の太極拳動画
http://doyotaichi.seesaa.net/article/287218812.html

--で、僕がレスした内容もそう差はないでしょう?

結局、今回の記事で僕が書いていた、

>> 僕自身の巧拙はともかく、この型についてどれほど深く見ることができるのか、
>> またそんな人がどれほど居るのか、ということだ。

という部分で言えば、僕からすれば東方異人さんは、わからない(見る目が無い)方の人ですし、それ以前に話が通じない人です。
こういう齟齬は今まで表演武術をやっている人との間に多くありましたが、東方異人さんがやって来た武術流派の価値観(あるいは東方異人さん個人の価値観なのかも知れませんが)も、同じなのだなぁ…と実感しました。

話が通じた上で意見が違うことは構わないし、それならいい意見交換もできると思いますが、そもそも話が通じなかったり、別次元の話を返してきて噛み合わない人とは、話のしようがありません。
そこを埋める努力をしてまで、一人へのレスの中で説明していくのは面倒です。

また、今までこのブログを読んでくれていたという東方異人さんが、そこまで通じない人だったことに意外性を感じました。
「一体今まで何をどう読んでいたのか?」
…と。

> 私が言いたいのは、型は見せ合って参考にするところくらいまでが共通要素で
> あって、それ以外の領域までは踏み込んで語れるものではないということです。

そんなことは言わずもがなです。
しかし「どこまで深く踏み込んで~」ということはともかく、
見せる方は、
「型の雰囲気だけ見せてやる」
見る方は、
「参考になった」
と、社交辞令を言って終わる。
--というだけでは、何のお話にもなりません。
お話にならないのであれば、そういうわかりきったことを言う自体、神経を疑います。

一応親切のつもりで書いておきますが、僕が言う武術的な“意味”とか“意図”とか“理”とか言う話は、人それぞれのフォームの違いの話ではありません。
あなたに解りやすいように、あえてそこに乗っかって言うなら、
“流派それぞれが考えるフォームの違い”
--なのです。
例えば昔、松田さんは、
「楊家以降の太極拳は纏絲が無くなっている。これも武術性を失ったことの一つだ」
というようなことを本の中で書いていましたが、実は捻らないことにも捻らないことの“理”があります。
そこを知らずに、解ろうともせずに、自流の価値観で、
「自分のところにあるものが余所には無いから、余所のはダメだ」
と言ったら、単に自流のアピールと余所への否定にしかならないでしょう。
(実際、今から思えば、当時の松田さんが書いていたことは、そういうことだったと思いますし、その価値観は松田さんが学んだ流派でのものだろうと思いますが…)
しかし、だからと言って何も語らなければ、
「百人居れば百人の型がある」
とか、
「千の流派があれば千のやり方がある」
とか、
そういう、当たり前なことを、さも達観したように、自分なりのまともな言葉も足さずに返すだけになってしまいます。

相手が何を言わんとしているのか理解しようともせず、きちんと話をしようともせず、自分の知識や価値観の範囲に変換して理解して、多くの人がわかりきっているようなことだけ書く、というのは、僕は大嫌いです。

なので今後は、少なくともこういうコメントに対しては、僕は一つ前のレスで書いたような対応をすることにします。

Posted by hide~☆ at 2012年08月24日 00:42

おっしゃるとおり、私に観る目がないだけかもしれません。
しかし、ネットで動画を観るだけでそこまでわかって話し合える人が本当にいるのかどうか、それは疑問です。
本当にいるなら、見た多くの人がそれなりのコメントをして、討論となっているはずだからです。

Posted by 東方異人 at 2012年08月24日 16:08

動画アップありがとうございます。
hideさんのかなり怪しい(すいません)姿には驚きましたが、興味深く拝見しました。やはり同じ流れでもかなり形というか、風格が違いますね。
僕自身は、まだ武術的な意味があまりわからず肩すかしを食らう覚えている段階なのでよくはわかりませんが、
ひとつひとつ意味を持った細やかな動作だと思いました。ただ力の出し方の方向性は、他の太極拳よりも、hideさんの派のほうが近い、もしくは同じような気がしました。全体的な太極拳の動き方を覚えるために流れを重視して、その後、細やかな武術的な要求をひとつひとつ満たしていくとしたら、僕はまだ流れ止まりなので、たぶんわかっていないんでしょうね。早く細かな要求を満たせるようになりたい。その前に練習時間がほしい、、、。

薄学の僕にはいい刺激になりました。ありがとうございます。

Posted by kankoben at 2012年08月24日 17:28

>東方異人さん

また話がずれてきていますよ。

僕は動画を見ただけで深く解って話し合える人が多く居るなどということは書いていません。
改めて記事を読み返してもらいたいと思います。
今回の記事では、動画を公開設定にして(もっと広く見てもらって)、そういう人がどれくらい居るか、試してみたい気もする、ということを書いたのですよ?
(記事を書いた時点では参照数が100あるか無いかくらいでしたし、現在もそこからあまり伸びてないですしね…)

無責任なバカコメントも含めて、多くの人の意見を見てみたいと思ったのが今回の記事です。
そして、何らかの感想を期待するためには、公開設定にして、少なくとも千単位の参照が無いと(YouTubeのコメント欄に)書き込む人はあまり居ないと思います。
しかし公開設定にする気は今のところありませんし、するとも書いてはいません。

Posted by hide~☆ at 2012年08月24日 23:46

>kankobenさん

怪しいですか(笑)
まぁ、マスクしているだけとは言え、空手着にマスク姿というのもあまり見るものではないですよね(笑)

> やはり同じ流れでもかなり形というか、風格が違いますね。

一応これは小架のやり方を少し入れながら演武しています。
僕は姿勢的には中架でやっていた期間が長かったので、腰を高くしようとしてもつい中架に近くなってしまうのですが、まー気持ち程度、高めで。。
また小架は、ウチでは、
「ここは本当はこうやるんだ」
と少しずつ型を変更して教わるのですが、そういうところをわずかに入れています。
しかし、全体的には、細部をぼかすために、ややいい加減にやっています。

> ひとつひとつ意味を持った細やかな動作だと思いました。ただ力の出し方の方
> 向性は、他の太極拳よりも、hideさんの派のほうが近い、もしくは同じような
> 気がしました。

まー、、同じ王樹金系の太極拳ですしね。。
ただ、僕が見たことがある他の九十九式は(王樹金系も含めて)、ウチより動作が大きいですね。<同じ中架で比べた場合も。
例えば、、
「ラン雀尾」の後半、双按を行う動作のとき、相手の両手攻撃を下方に払って双按…というような想定で行いますが、大抵は内から外に回すように大きく払って(陳伴領・王樹金系では肘を脇にして陽掌のまま小さく落とすように)受けます。
続いて双按を行うとき、肘をくの字に曲げた状態から押し飛ばすように打っている動作が多いのですが、これはいただけません。
その距離からだと短い動作で打つやり方があるのに、そういう技を省略もしくは隠しているからです。
伝えている人や演武者本人も知らないのかも知れません。
とにかく今、公に見られる型はそんな風になっています。
また、「ロウ膝拗歩」では、上段を受け流す手が身体よりも後方に行って、それを目で追いかけて一旦顔が後方を向くような動作になっていたりします(他派や表演などにも見られます)。
初歩的な体の使い方を覚えさせるためということと、体操的な意味合いがあると思いますが、武術的には(攻防の雛形として考えれば)余計な動作です。
ちなみに、ご存知かとは思いますが、動作時に「手を見る」という要領は、太極拳の要訣的には「粧鏡」と言います。
(本当は単に手を見るということだけではないのですけどね…)
大抵の太極拳では、それを初歩的に、大きくやっているのだと思います。

これらはほんの一例です。

動画の型は、その辺を整理されたかたちになっているので、攻防動作については簡素でわかりやすいでしょ?
力の出し方や細部については、逆にわかりにくいとは思いますが。。
その辺、近いと感じたなら、kankobenさんの先生も、似たようなことをやっているのかも知れませんね。。

> 全体的な太極拳の動き方を覚えるために流れを重視して、その後、細やかな武
> 術的な要求をひとつひとつ満たしていくとしたら、僕はまだ流れ止まりなので、

字面からすればたぶん、そのやり方は初歩のやり方でしょうね。
「大きく、ゆったりと、流れるように~」
という、まさに一般的なイメージのやり方のように思えます。

要訣(口伝、口訣)にしても、武術的には、説明を隠していたり、ちょっと意味が違ったりしますし、一般的には知られていないこともあります。
少なくとも僕が学んだ太極拳は、武術的な要求を満たしていくと、硬質で剛な感じになってきます。

ただまぁ、それはそれとして、あくまでも型の話ですので、攻防のための訓練はまた別できちんとやらなければ、武術として成り立たないと思います。
Posted by hide~☆ at 2012年08月25日 01:19

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