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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

T宮との交流 Part4

投稿日:2009年6月22日

前項の発勁練習の2つ目は、彼の流派での“心法”ということになるのだろうか。
心理的・内面的な蓄・発という意味で…。
ただ、少なくともT宮的には、今風にイメージトレーニングと言い切れるようなものではなくて、そこには“気”が関係しているようだった。
つまり、生命エネルギーのような“気”をめぐらし、練り、圧縮して、勁道に沿って発するのが、彼の言う発勁だ。
だがここで、
「では、“気”とはそもそも何ぞや?」
という問題がある。
彼は“気”を、生命エネルギーのようなもので、霊的な意味もある、と言っていたのだが、そのときの僕は、あるのか無いのかわからない、見えないものを、にわかに信じることはできなかった。

ここでちょっと昔にさかのぼるが、子供の頃の経験に触れる。
子供の頃の僕はと言えば、ミステリーやオカルトが大好きだった。
笑われるかも知れないが、中学生のある時期、霊能力があるという女の子とよく遊ぶようになって、その影響で自分もそういう能力が芽生えた気になっていたことがある。
精神を集中すると、人の後ろにモヤのようなものが見えて、僕はそれを背後霊として人物を識別できるような感覚を持っていた。
そしてまた不思議なことに、未来や過去のことがふと頭に浮かんで、それを口にすると、ズバリ当たっていたりしたのだ。。
例えば、ある日、社会の先生が教壇に立っていたとき、
「あの先生どっか悪いのかなぁ? 明日休むんじゃない?」
と、独り言のように口に出した。
すると隣に座っていたクラスメートの女の子が、
「〇〇先生、肝臓悪いって言ってたよ」
そして翌日、本当にその先生は学校を休んでしまった。
前日に近くの席で聞いていた連中はびっくりして、僕が霊能力者だと少しばかり広まった。
今思うとおかしいが、こういうことが何度かあった。

そしてまたある日、夜中に霊に襲われた。
ふと目が覚めたのは、確か2時台だったと思う。
僕は仰向けに寝ていたのだが、目の前には修験者のような格好をした男が、ものすごい形相で、馬乗りになって、僕の胸の上に手を置いていた。
(えっ!?)
と思った途端、胸骨に痛みが走った。
いきなり胸を押さえつけられたのだ。
隣の部屋では、母親が録画したTV番組のビデオを観てケタケタ笑っていた。
僕は何故か冷静で、何とかしなければと思いながら、手を伸ばして襖を叩こうとしたが、体が金縛りにあって動けない。
少しずつ焦りと痛みで冷や汗が出てきて、だんだん気が遠くなっていった。
…そして、気がつくと朝。
(夢か?)
と思ったが、胸骨に激しい痛みが残っていて、それが数日取れなかった。

霊能力者(?)の女の子曰く、僕の守護霊が助けてくれたのだそうだ。
霊らしきものをくっきりとした姿で見たのも、金縛りを経験したのもその一度きりだ。
もちろん夢かも知れない。
そしてその日のことをきっかけに、僕にあった霊能力的な感覚はまったく無くなってしまった。
無くなってみると、それまでの感覚に対して懐疑的になった。
自分にもあったらいいなという思いが強すぎて、そんな能力があると思い込んでいただけじゃないのか、と。
それは今でもわからない。
でも今は、正直、霊魂のようなものを信じてはいない。
わからないものを「無い」と断言もしないけれど。。

そして話は戻るが。。

T宮は、そういうものを信じていて、人間の体には霊的なエネルギーが重なっているような感じのことを言っていた。
どんな表現だったのかは、はっきりと覚えていないが…。
そしてその“気”は、生物すべてに宿っていて、他者の“気”を吸い取ることもできるそうだ。
兄弟弟子たちと、相手の“気”を吸い取る練習をすることもあるという。
“気”を奪われると、ガクンと力が抜けて、一気に疲れてしまうそうだ。
「じゃあ、オレから気を抜いてみてくれ」
僕は彼に実演を催促した。

T宮は僕の肩のあたりに手をかざして、しばらく集中。。

しかし僕は何とも無くて、何の変化も感じなかった。
彼は意外な顔をしていた。
思うに、“気”を感じられる人同士の間ではそういうことが起こるのかも知れないが、僕は鈍感なようだ。。
ちなみにT宮の言う“気”は、人間だけでなく、他の動植物からももらうことができるそうで、普段は公園の木々などの植物から吸い取る訓練をしているというようなことも言っていた。

僕は、まぁ少しだけ書くが、“気”は、一言で言ってしまえば“脳内現象”だと思っている。
例えば、錯覚なども含めて「そんな気がする」ということや、思えば体に何らかの作用を及ぼすことも、脳がそう感じることを便宜的に説明した概念ではないかと…。
そして、日本でも、ほんの何十年か前まで、霊魂を本気で信じている人の割合は今よりずっと多かったことだろう。
巨大なド田舎である中国ではなおさらだ。
だから霊的パワーのような“気”の概念が未だにあってもおかしくはない。
まぁ、霊的なものが本当にあるか無いかは、どっちでもいい。
問題は、昔の人がそういう風に解釈し伝えてきた“気”が、武術においてどのように扱われ、使われてきたか、そして本当に実用的なものかどうか、だ。
僕は“気”の技術は、あると思っている。
まぁそれは改めて。。

T宮から得られたことは、ざっとこんな感じだ。
その後、しばらくして彼とは連絡がつかなくなり、それきり消息不明で、ずっと会っていない。
当時、彼は失業していて、
「うちの技は元々黒社会系で、本当に人を殺せる技術や」
というようなことを言っていたので、
「じゃあいっそボディガードでもやってみるか?」
と、僕が勤めていた店に来ていた某組長を紹介してやると言ったら、そのせいかどうかはわからないが、来なくなってしまった。
まぁ、元々優しくて繊細なヤツだったし、さすがに本当にそっち系にどっぷり浸かるのは嫌だったのかも知れない。

次回は、しめくくり。若干の考証とまとめ。

<< Part5へ続く >>

 

以下、コメント

旧ブログからの移転にあたり、掲載当時のコメントはこの下に“引用”のかたちで付けておきます。管理人からのレスは囲みの色を分けてわかりやすくしておきます。
なお、現在はコメント機能は使用しておりません。ご意見、ご感想等はメールにてお願い致します。

こんにちわ。

hideさんのブログの記事がだんだんと核心に近づいているような気がしているのは僕だけでしょうか?

一気に4本の記事の掲載は大変でしたね。
でも僕にとっても大変興味深い内容です。

hideさんのブログに嫌悪感を感じる人も少なからずいると思います。
しかし、今だ嘘を教え続けることが多い中国武術界において自分の学んだものに疑問を感じることが鍵になると僕は思いますので、そんな人達にこそ冷静に読んで貰いたいですね。

Posted by がみ at 2009年06月24日 00:01

>> がみさん

こんにちは。コメントをありがとうございます。

まぁ、本当の核心部分は、知っててもお話できませんので、一応、疑問を持ってる人たちのヒントになればと、過去に思ったことや気づいたことを書いていってるだけです。

> 一気に4本の記事の掲載は大変でしたね。

まだあと1回残っています(笑)

> しかし、今だ嘘を教え続けることが多い中国武術界において

嘘と言い切ってしまうこともできませんけどね。
嘘であっても、嘘と知らずに伝えている場合もあるでしょうし、その辺は判断が難しいところです。
そして、習って浅いうちは判断がつかなくて当然ですが、ある程度経験を積んでくれば、色んな他のものにも目を向けてみて、自分がやっていることを客観的に見られるようになることも必要でしょう。
そのためには、いい意味で疑ってみることが大切だと思っています。

Posted by hide at 2009年06月24日 03:11

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