21~22歳の頃、小・中学校の間住んでいた町に戻って、独り暮らしを始めた。
たぶんその頃だが、H山と街でバッタリ会った。
前に2対1の喧嘩の話に登場した、同じ高校のH山だ。
彼は日本拳法をやっていて、日拳部にお邪魔した話も書いた。
偶然会った場所は、梅田の駅前第2ビルの地下だった。
ここは大阪(梅田)駅前付近にあるビルで、第1ビルから第4ビルまで(安易なネーミング(笑))大きなビルが4棟連なっていて、地下にいろんな店が入って地下街を形成している。
ただ第1、第2は、当時はまだあまり活気が無くて、シャッターも多く、シケた場所だった。
繁華街とはいえ些かへんぴな場所で会って、お互い目を丸くした。
記憶に間違いなければ、彼は専門学校を卒業後、アーティスト集団のようなサークルに入って音楽や演劇の活動を行っていたのだが、日本拳法も続けていたと思う。
確か、道場に通うようになって、二段か三段を取得したとか…だったような。。
そして彼と話しながら歩いていて、ふと、同じく地下街にあるゲームセンターで、パンチングマシンに目が止まった。
パンチングマシンは僕らの少年時代にもあったが、昔はボクシングの吊り下げ式のパンチングボールを叩いて、それが計測器に当たって数値が出るという方式のものだった。
コインを入れ、ボールを下に引っ張って、吊ってるチェーンを伸ばす。
そしてボールを思いっきりぶっ叩いて計測器に当てるわけだ。
計測されるとチェーンは元に戻る。(2回1セットだったかな…)
小・中学生の頃、隣の学区近くに個人経営の小さなゲームセンターがあって、店先にあるパンチングマシンで悪ガキたちがランキングを競い合っていた。
時には賭けたりしながら。。
時には隣地区のヤツと喧嘩になったりしながら。。
道の端まで行って、そこから駆け寄ってきて、ドカァ~んッ!
H山と一緒に見たのは、回転焼きみたいな丸くて厚みのあるクッションに柄がついたヤツだ。
ぶっ叩くとそれが倒れ込んで計測される。
このかたちのパンチングマシンが登場したのは、これより数年前だったと思うが、一時流行っていて、繁華街でよく若い連中が道の端から走ってきてぶっ叩いているのを見かけたものだった。
昔から、やることは大して変わらない。。
「懐かしいなぁ。やってみようぜ!」
…が、地下街の通路は狭い。
いやそれよりも、僕らは武道をやっている身。
ふざけてやるのも面白いが、せっかく再会してそういう話をしているとき目に止まったのだから、実戦的な動きを想定して計測してみないと意味がない。
この当時のパンチングマシンは、記憶の限りだが、一般的な中肉中背の成人男性が勢いをつけて踏み込んで叩いて、100kg出るかどうかだったと思う。
前述のように走ってきて叩き込めば150~160kgくらいは出たが、200kg以上なんてまず見たことが無かった。
もちろんゲーム機なので、どれほど正しい計測なのかはわからないのだが、まずはこれを頭に入れて想像の目安としてもらいたい。
H山は、軽くステップを踏んでリズムを調整すると、身をかがめ3~4歩の距離から摺り足で滑るようにスイスイ近づき、踏み込んで、
ズバーンッ!
という音を響かせて叩いた。
高校時代によく見た、懐かしい動きだ。
140kgほど出た。
(おお、凄い…!)
正直そう思った。
ヒュッという感じの素早い腕の振りで、その軽快な動作からは信じられないほど、重たいクッションが勢いよく倒れ込んだ。
こんなパンチをまともに喰らったら一瞬でKOだろう。
…ただ、、
H山は軽いステップを踏んで上体を左右に振り、それを予備動作として、思い切り体重を乗せて踏み込んでいだ。
それが動いている相手に当たるかと言えば、難しいだろう。
しかしだからと言って、パンチングマシンを道の端から何メートルも走ってきてぶっ叩いているヤツとは比べものにならない。
当然ながら、決してそんな見え見えの大振りではない。
フツーに組手やスパーリングの距離だし、当たる可能性のあり得るパンチだ。
僕も軽くステップを踏んで打ってみた。
しかし彼より20~30kgも低かった。
どうも彼に比べて、足腰が充分に使えていない。。
「H山、今度はもっと短い距離で打ってみようぜ」
「…と言うと?」
「さっきのだと、距離を取ってるところから入っていって出してる感じだろ。でも喧嘩のときって50~60cmくらいの距離から急に始まるときあるやん。そういうときに出せるパンチって意味でさ」
「う~ん…確かに。そういうの考えたことなかったな。hide、先にやってみてくれよ」
僕は予備動作を無くし、定位置、ステップ無しで、拳の振りは30cmほどで突いた。
あまりいい音も鳴らず、80kg弱…。
「お、凄い!」
H山が声を出した。
「全然凄くないやん!これで100kg以上出せたらなぁ…」
「いや凄いよ。今の動きで何でそんなに出せるんや?」
H山が同じようにやると、慣れない動きのせいで、さっきとは逆に僕より20~30kg下回った。
「くっ…。見てみろや!」
「はははっ」
「もっぺんやらせてくれ。でも今のは無理やからオレのやり方でやらせてや。距離的にはhideと同じくらいで打つから!」
今度は、的に向かってやや斜めに立ち、軽くリズムを取り、さっきよりずっと小さな動きで、腰のバネを効かせる感じでフック気味に打った。
ズバーンッ!
またもや小気味いい音。
確か、100kg前後。軽く出た。
動きも小さいし、速い。
ボクシングや打撃系の格闘技でよく見る動きだが、これなら先制パンチとして使えそうだし、他にも例えば、相手のパンチを避けた瞬間に軽く腰を落としてすぐさま反撃するなど、応用できそうだ。
この当時、中国拳法は、ほとんどの技が交叉法だとか、1の拍子で受けと攻撃を行うから速いとか、言われていたけど、考えてみれば動きがワンツーだから遅いとは限らない。
相手のリズムに乗れていなければ、あるいは、一瞬の意識のズレがあると、来るとわかっていても避けられない場合がある。
また、現代空手(特にフルコン)、日本拳法、格闘技などの世界では、手技はボクシングスタイルに近くなっている。
ボクシング自体は言うまでもなく、こなれた人のパンチは速い。
そして充分な威力を持っている。
型だけで重心移動だの気の鍛錬だの自己との対話だのと言っている人より、普段ミットやサンドバッグを叩いている人の方がずっと威力があると思う。
何より、お互いに動きながら攻撃を出し合うことに慣れている。
もしH山と本気で対峙したら、彼の動きを捉えきれるだろうか。
彼に素手で殴られたら…と想像すると、怖いと思った。
中国拳法を使えない人の間違いは、高級な打撃法や技法を追い求めて、身近で当たり前な方法論に目を背け過ぎているところにあるのではないだろうか…。
(僕自身のかつての姿でもあるのだけど…)
もちろん、武術で言うところの、様々な人体破壊の方法論はあるにしても、最も単純明快な話、例え素人のパンチでも、顔面にまともに当たれば、効く。
それを、人体の6~7割は水だとか、関節云々、急所云々、言ったところで、体格のいい相手と路上で喧嘩になったとき、いきなり飛んで来るゲンコツや蹴りをどう捌くかということも処理しきれなくて、高級技法諸々など使えるはずがない。
もちろん、できないから、習い、修行する。
難しいから修練するわけだ。
しかし当たり前なことに目を向けないまま高みにだけ手を伸ばしていて、本当にいつかそこに手が届くのだろうか…?
たかがパンチングマシンと言えども、H山を見てとても参考になった。
ちなみに。
最近知ったのだが、これよりずっと後の世代のマシンには、パンチ力が何百キロとか何トンとか、ざらに出るものもあるらしい。
幾らなんでも、仮面ライダーじゃあるまいし、実際のパンチ力がそんなにあるはずがない。。(笑)
K-1が流行り始めた頃、選手たちがTV番組でパンチングマシンを叩いたり蹴ったりしていたのを見たことがある。
そのとき、ヘヴィ級の選手たちは皆、パンチで300kg以上、蹴りで500kg以上出していたように思うが(うろ覚えだけど)、僕はただただ驚いて見ていた。
なのに素人が何百キロやら何トンやら出せるマシンって…(笑)
そして、そのK-1選手たちが叩いていたマシンも、やはりしょせんはゲーム機だし、計測の仕方や数値は異なる。
大袈裟に上乗せされた数値ではないまでも、信頼できる数値とは限らない。
もちろん僕らとは比べものにならないパワーであることは確かだけど。。
でも、素朴な疑問。
僕らが叩いたマシンだったら、どれくらい出たのだろうか…。