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太極拳ってど〜よ!?

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ネットのバカども【終】

投稿日:2016年10月19日

第4回目。長くなったが、この件については今回がラスト。
それぞれに対する意見や反論も書いたが、もちろんそれは本人たちに向けたものでは無い。最初に「バカに反論したり、バカを諭そうなどとは考えていない」――と、述べたようにだ。
バカには何を言っても無駄なのである。バカなのだから。

まあ、一縷の望みが無いでもない。
本人たちが自分の行いを省みて、やましい部分を自覚し改めるきっかけになれば、それはそれで書いた意味があったというものだ。
(無いだろうけど)

さて、教え子のことを稽古日誌やブログで書いていたことについて、もう少し書いておきたいことがある。

最近もこのブログでH君のことを書いた。
バカコメントの対象記事にもH君がらみのことがあったが、遡ってみるとH君のことは、結構何度も書いている。
これはH君だけでは無いが、僕なりに縁を大事に、その時々、きちんと向き合おうとしたからだと思っている。
そしてH君は有名人でも何でも無い。このブログを読んだ人に「あいつか!」と素性を知られることは無いだろう。
H君は復帰して、また僕のところに習いに来ているわけだが、今後、誰かが入門したとして、その人がこのブログの読者であれば「この人がHさんか」と知ることにはなるだろう。
けれどその人が、H君のことを、わざわざどこかで素性をバラしたり、悪く書いたりするようなことがあるだろうか?
そんなことをすれば犯罪になりかねないし、僕のところに入門することによってその人も素性が割れているのだから、ごまかしは効かない。
そもそも動機が無い。可能性は極めて低いと言えるだろう。
そしてH君がブログやフェイスブックやツイッターなどをやっていても、僕が書いている「H君」と同一だと誰が思うだろう?
これは例えば、松田隆智さんのことを書くときに「武術研究家の某Mさん」などと書くのとは、全然意味が違うのである。

同様のことは、前にK君にも話した。
K君も僕の言うことに納得してくれていたし、
「それでも、もしマイナスなことを書かれたくなければ、書かれないようになれ」
と僕に言われて、頷いていた。

それから、ブログのコメントや2ちゃんねるのことは、当時、S先生にも愚痴った。
「本当にバカなヤツらです。恥を知らんのかと言ってやりたいですよ!」
――と。
するとすかさずS先生。
「いや、恥を知ってるんだろう! 恥を知ってるから、コソコソとそういう卑怯なことをするんだろう!」
ちょっと得意顔でおっしゃった。相手に「えっ!?」と思わせるようなことを言って、自分の知識や見解を披露するのが、こういう顔をするときのS先生のパターンだった。
「本人たちは自分が恥ずかしいことをしていると知ってる。だからそれを人に知られたくない。だったら知られなければ恥ではない、ということだ。日本人の性質と言われていることだろう。まー日本人とも限らんがな!」
僕はS先生の言わんとすることを理解した。
が、そうでしょうか、と言いながら首を傾げてしまった。

S先生が言うのはいわゆる日本人の「恥の文化」というヤツだった。
これは、戦時中に日本の研究をしていた米国の文化人類学者の女性が記したものが元となっている、日本人に対する当時のアメリカ人の解釈だ。
日本の「恥の文化」に対して、欧米は「罪の文化」とされている。
欧米では、主にキリスト教などの宗教観により、悪いことをすれば神の罰が下る、だから悪いことをしてはいけない、という倫理観が規範となっている。つまり神に背くことへの罪の意識だ。
一方、「恥の文化」は、恥をかいたら世間に顔向けできない、昔の武士なら切腹だが、しかしバレなければ面目がつぶれることも無い。そんな周囲の目や世間体を意識した道徳観が行動原理や規範となっている。これが恥の意識だ。
「恥の文化」は、悪く言えば責任回避や隠蔽体質に繋がる、日本人の傾向を指している、ともされている。
しかしそれは正しいのだろうか?
日本でも昔から、「神様が見ている」とか「仏様が見ている」とか「お天道様が見ている」とか、教えられてきたではないか。
要は、悪いことをする者は、洋の東西を問わず、みんなコソコソするのである。
今日、「恥を知れ」という言葉が指す意味合いと、「恥の文化」の話は、混同されていて、解釈が分かれていたりもするのだが、元は日本人に対する浅い理解と偏見だろうと、僕は思っている。

……ただ、
そんなこねくり回した理屈よりも、もっとシンプルなことがある。

「先生、僕が言いたいのはそんなことでは無いんです。僕が『恥を知らんのか』というのは、何よりも自分自身が恥ずかしいと思わないのか、ということです」
S先生は僕に言い返されて、逆に「えっ!?」という顔をした。
「そいつらは自分の行いがやましいことだとわかっている。だからコソコソと匿名性を利用した卑怯なことをする。でもそれが恥を知っていることだとは、僕は思いません」
S先生はキョトンとした様子から少し険しい顔になった。
それで僕は、前述のようなことを説明してから、こう言った。
「神様、仏様、お天道様とかよりも、やましいことをするとき、何よりも“自分”がそれを見ているでしょう。他人を匿名で貶めるようなことをする自分の行いを、自分自身が『恥ずかしい』と思う感性が無いのか、ということです。それが無いことが『恥を知らん』ということではないですか?」
S先生の斜め上からの、日本人に対する誤解を含んだ“恥”云々の返しは、ちょっと的外れに思えた。
愚痴を聞いてもらっていて何だが、僕はS先生に意見してしまった。
「……まあ、それはお前さんの言う通りやな」
S先生は納得してくれたが、ちょっと苦虫を噛み潰したような顔だった。披露した知識を覆されたのが引っかかったのだろう。
近現代史や戦争に関することはS先生の方が僕よりずっと詳しいし、本もたくさん読んでらっしゃったのだが、S先生は何かと斜に構えて物事を捉える傾向がある。
だから、日本人でありながらこういう日本人に対する偏見混じりな捉え方も、どこか鵜呑みにしてしまったのだろう。
それでも、僕に言われたことを公平に判断して認めるのはS先生のいいところだ。
ただ一方で、根に持つ部分が少しずつ蓄積していくところもある。
おそらくそういったことが重なって、S先生とも最終的には決別することになるのだが、それはまた後の話……。
恥ずかしいと思う心が無いのか、というのは、この件の最初の方でも書いたが、つまりはこういうことだった。

まあ、僕の考えは大体こんなところだ。
正常な読解力のある人であれば、大体理解してもらえるかと思う。

ネット上では、他にもっと叩かれている人が居るので、それに比べれば僕などは序の口だろう。少々名が売れてきて、その分反発が生じるのも仕方が無い、という程度に思っておけばいいのかも知れない。
しかし、大勢の話題に上るほど僕が認知されているなら、プラスの見方があるのもマイナスの見方があるのも多少は受け入れられるが、ほんの少数の人間が嫌がらせで一方的なことを書くのを黙って見過ごすのは、どうなのか。
それで一度はきちんと書いておこうと思った次第だが、今後はよほど悪質で無い限り、基本的には取り合わないと思う。

それから、『拳児』や松田隆智さんに関することだが。
他にも今までこのブログの中で、何かを批判的に書いた記事があると思うが、そういう場合、僕は僕なりに、そう思う理由を書いているし、また、誰かを指す場合は、名前を出すかどうかも含めて、言葉の表現にも配慮してきている。
当人や関係者が見たらあまりよく思わないことは想像に難くないが、しかしそんなことを言ったら何も言えなくなってしまう。
特に有名・著名人は、その言動や行動や著作物などを、人に評される宿命を負っているのだから、賞賛も、批判や非難も、それらは当然のことだろう。
そして、筋の通らない批判はただの悪口だが、僕はそんな悪口は書いた憶えが無い。

そして僕は有名人では無いが、例えこんなブログでも一応人の目に触れるものを書く以上は、僕も評される立場になることは仕方が無い。
ただ、僕を評するのであれば、きちんと理由や意見を述べてもらいたい。
まーそれが出来ないバカやクズには期待していないけれども。

あと、今後のことだが。

当ブログへのコメントについては、承認しても、レスしていないものがあるが、大体以下のような場合に放置している。

  • 何が言いたいのかわからない
  • 意見として筋が通っていない
  • 的外れで話にならない
  • お花畑で考えが違い過ぎる
  • 指摘したり細やかに返したりするのが面倒

……等々。
いや、今までレスした中にもこういうのはあったと思うのだけど。
あと話が堂々巡りになる場合もしんどいし、通りすがりに書き捨てていくようなコメントも嫌いだし、面倒で相手したくない。

――なので今後、当ブログへのコメントは基本的に、問題無ければ承認するが、特に必要を感じない場合はいちいちレスしないことにする。
つまりコメントの内容については、読んだ人に判断してもらおうということだ。
(まーコメント自体、滅多に無いのだけれどね……)
あと『拳児』の記事のように反響が大きいと思えた場合は、新しい記事の中でまとめてレスするなり改めてまた触れるなりしたいと思う。

まとまった意見や、質問がある人は、メールでいただきたい。
但しブログ上で紹介して返す場合もあることをご承知の上で。

あと、過去記事を少し読み返して思ったのだけれども、有名・著名人のことについては、名前を出すかイニシャルにするかは適宜判断するにしても、なるべくちゃんと書くべきかな……という気がしている。
今後はたぶんその方向で書いていくと思う。お茶を濁すのは本来、あまり好きではない方なので。

次の記事は別件を一つ挟んで、その次から本筋に戻って書いていく予定だ。
『拳児』に関することは、用意ができたらまたアップする。

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