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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

営業トーク

投稿日:2008年11月23日

20代半ばの頃、営業会社に勤めたことがある。
前に書いた『土木のおっさん』のすぐ後くらい。
水商売に嫌気がさして、昼間の仕事につきたかったが、いい仕事はなかなか見つからなかった。
何をやっていいのかわからなくなって、日雇いの力仕事などもしたが、それをずっとやっていくわけにもいかない。
とにかく普通の会社勤めがしたかった。
そして、バイト情報誌などにも求人をかけていた営業会社にたどり着いたが、ちょっと強引な家のリフォームのセールスで、研修を含め3日ほどで辞めてしまった。
それで別の営業会社を探したが、どこもアヤシイ会社ばかり。
我ながら世間知らずだった。
…まぁ、その辺の内容は詳しく書いてもしょーがない。
とにかく、何も出来ず、得る物も無いまま転々とするのも悔しい。
それで最後に、学習教材のセールスを行っている会社に少し留まってみた。

けれどやっぱり、そこも真っ当な会社とは言えなかった。
売っているモノが正直、バカ高い。
モノは、教科書や教材を制作・販売している有名企業の物なので、それ自体は悪くないと思うのだが、その辺の塾に行くよりずっと高い価格で売る。
ただまぁ、それまで幾つか覗いてみた他の同業会社よりは、添削や電話・ファックスのサポートなど付加価値を付けていて、少しばかり安めなところが良心的に思えた。
少なくとも最初は。

だが。
普通に考えて、たかが教材を何十万円も出して買うより、塾や家庭教師の方がいいに決まってる。
もしくはその金で参考書が何冊買えることか。
嘘も言いたくないし、嘘でない範囲のことを言って納得して買ってもらうのは至難のわざだ。
そもそも自分自身が納得していないものを、どうやって売ればいい?
それであるとき、同年代の営業マンAくんに愚痴をこぼした。
「やっぱりどう考えても無理がありますよ」
彼はキョトンとして、
「どうしてです?」
と聞き返してきた。
僕は、子供が学校の勉強だけで成績が上がらないなら、少なくとも教材と塾を比べれば、塾の方がいいに決まってるし、まして教材だけを、添削・サポート付きにしろ、こんな高い料金で売るのは問題があると話した。
Aくんは少し間を置いて、
「hideさん、何か勘違いしていませんか?」
と言った。
「オレもhideさんもこの会社に営業マンとして雇われてるんですよね?だったら、ここの商品を売るしかないじゃないですか。オレらが売らなくても売れるんだったら、オレら要らんでしょ?」
「…まぁ、それはそうだけど。じゃあAくんは、塾を勧める立場だったら?」
「もちろん塾を勧めますよ。教材なんかアカン言いますよ」

僕は「あっ!」と思った。

Aくんはさらに続けた。
「営業マンってね、どっちの立場でも、どっちの理屈も言えなアカンのですよ。いや何を売る場合でも、対抗商品やネックになる理由に対する理論武装ができていなくて、どうして売れます?」

目からウロコな思いがした。

もちろんAくんが言うことを認めたわけではなかった。
「教材か塾か」の議論は別として、少なくともそれまでの僕は、色々と客観的に判断しているようでいて、一方向からしか見ていなかったことに気づかされたからだ。
例え嘘や詭弁であっても、人を信じ込ませる理屈など幾らでも作れるものだ。
そんなことが今さらながらに改めて解った気がした。

ただその会社は、それから間もなく辞めた。
ある日、一度だけあまりにもスムーズに売れたのだが、売れた嬉しさより後味の悪さが大きかった。
幾ら理屈を作って正当化できようと、やはり嘘や詭弁は嫌だった。

ちなみに、短い間とは言え、このとき営業のノウハウを何冊も本を読んで勉強した。
そのことは後で役に立った。
小・中学校でクラスメイトだった友人の紹介で、学校経営をしている某有名企業に入ることができた。
最初は、夜間のパソコン・ワープロスクールの窓口業務で、受付の他、一日体験入学に来た人に、帰りに入学の案内をするのが仕事だったが、僕が窓口に座るようになってから獲得率が飛躍的に伸びた。
そりゃそうだ。
一日体験に来るような人は、最初からある程度興味を持っている。
料金や時間面でのネックはあっても、少し背中を押してあげるだけでいい。
直接習いに来る安心感もあるし、学校名のネームバリューも背景にある。
それを友人は、資料と申込書を渡して帰すだけだったので、
「をいをい。それじゃ営業にならんやろ」
と、彼が上司にも関わらず、いつの間にか僕が教える立場になった。
そして売上アップがさらに上の目にも留まって、僕は色んな仕事を委されるようになっていった。
まるで漫画みたいだが、まー辛いことやつまらない経験も、後々役立つことがあるってことかな…。。

それはともかく。

前述の「理屈など幾らでも作れる」---は、世間の色んなものに対する見方が変わるきっかけになった。
まぁ、このブログは武術に関してなので、それについてはこうだ。

例えば、「力は要らない」。

もちろんすべてが嘘というわけではない。
相手の力をいなすことやテコの原理を使うことも、あるにはある。
しかし、特別鍛えなくても大きな相手を倒すことができるとして、その相手も同じ技術を身につけたらどうなのだろう?
ほんの少し考えれば矛盾することはたくさんある。
しかしまた、それに対する理由付けも、幾らでもできるのだ。
そして、「力は要らない」とも「力は要る」とも、どっちの理屈も、作れるのだ。
いずれの場合も、出来る人が何かやってみせて説明したら、素人はそうだと信じてしまうだろう。
あとはその流派の理屈に染まっていく。
それぞれに悪意は無いまでも、指導者がすでに一つの理屈に固執している人なら、やはりそれが広まっていくことになる。
武術には色んなファンタジーがあって、そのファンタジーをそのまま受け容れている人は多い。
重ねて言う。
すべてが嘘ではないのだが、しかし、営業トークのような詭弁が無いとも言えない。
何でも疑ってかかればいいわけではないが、ただ鵜呑みに信じていても、正しい判断ができない。
僕が正しい判断ができているのかどうかはともかく、もしこういうことを考えたことがなければ、一度考えてみてはいかがだろうか?

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