中国拳法、武術、格闘技など、徒然気ままに…

太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

土木のおっさん

投稿日:2008年4月24日

今回もまた“力”について考えさせられたエピソード。
実は前項『中国のリヤカー老人』と一緒に書いていたのだけど、長くなったので稿を分けることにした。

20代後半に差しかかった頃のこと。。
当時つき合っていた女性との半同棲や別れを経て、色々考えたことがきっかけで、僕は水商売をやめることにした。
またその時期、先生のところに復帰させてもらっていたのだが、水商売をやめたことで急激に生活費が逼迫してしまい、
「すみません、事情でしばらく来れなくなります」
と、また抜けてしまった。。
そして、、
職にめぐまれず転々として、短いアルバイトを繰り返した。
水商売に戻れば簡単かも知れなかったが、色んな意味でしんどくなってしまっていて、戻りたくなかった。
そのうち何をやっていいのかわからなくなり、甘い自分を鍛える意味で、しばらく力仕事でもやってみようかと、日雇い労働の現場に行くことにした。

大正区の斡旋業者のところに朝早く(6:30集合だったか?)行くと、タクワン2枚がついた日の丸弁当を持たせてくれて、あとは指示されたワゴン車(通称バス)に乗って現場に向かう。
現場は色々で、ビルやマンションなどの建設現場もあれば、道路を掘り起こしている土木現場、大工が一軒家を建てかけている現場などもあった。
行った先でのしんどさや危険度は現場にもよるし作業内容にもよる。
しかし、危険やわ、きついわ、汚いわ…と三拍子、最も揃っているのが、土木。。
その中でも初めて行った京都の現場は印象的だった。

前日に事務所の人から、日当をはずむから少し早く来てくれないかと言われ、確か30分ほど早く行った。
そして“バス”で3時間ほど。
大阪からは相当離れている。奥地だ。。(^^;
道中、寝ていたので、ようやく車から降りると、
「ここどこやねん?」
と思いつつ、青空を見上げながらぽか~ん。。
現地に着いてからもなかなか仕事が始まらず、のんびりしていた。
それで楽な現場かと思っていたら、とんでもなかった。。

近くに一車線の道幅程度の小さな川が流れていて、その川沿い近くに埋めてある下水?の土管を掘り起こす作業をするとのことだった。
深さは2メートル以上。
もちろん最初は重機である程度掘るのだが、土管付近の細かいところは人間がスコップを使って掘る。
そのとき一緒に作業をした、60歳くらいのおっさんが居た。

当時の僕の年齢からすれば、感覚的にはおっさんというより“じーさん”に近い。
バイトの僕が楽させてやろうというくらいのつもりで、
「穴掘り、僕がやりますよ」
と、スコップを先に手に取った。
「お、にーちゃん、やる気あるなぁ。大丈夫か?」
「大丈夫です。頑張ります!」
と言って、穴の中に入った。
足でスコップの縁を踏んで地面にめり込ませ、土を乗せて後ろにある重機のショベルに放る。
最初は調子よく作業していたのだが、数十回それを繰り返すと、あっという間に腰がきつくなった。
見ていたおっさんは、
「あかんあかん、にーちゃんあかんなー。スコップを力で使うとる」
と、上から渋い顔で言うと、タバコを噛んだまま穴の中に入ってきて、見本を見せてくれた。

「スコップのかたちを見てみ。横から見たらちょっと“くの字”になっとるやろ。これをテコにして土をすくうんや。いちいち力で持ち上げてたら腕もしんどいし腰にも来る。一日中そんな仕事してたら、ワシかて保たんわ!」

そういって小気味よくリズミカルに土を運んで見せた。
「なるほど。何でもコツがあるもんですね…」
と感心したが、簡単に見えて同じようにすぐ出来るものでもなく、イマイチ感じがつかめなくて、きつさはそれほど変わらなかった。

午後、穴の中に居ると、
「山来る、山来るぞー!」
と言われ、意味がわからずキョトンとしていると、
「下がれー!避けろ言うとんのじゃ。早よ下がれー!」
と言われ、土管の上を2、3歩下がったら、穴の両側の土がドサドサ~ッ!
あやうく崩れてきた土砂の下敷きになるところだった。。

帰り、ドロドロの姿でバスを待っていると、おっさんが来て、
「にーちゃんみたいな将来ある若いモンがこんな仕事しとったらあかんで。頑張りや」
と、笑って声をかけてくれた。
改めてよく見ると、体は小さくて細いが筋骨が発達している。
真っ黒でごつごつした顔。
長年の重労働に耐え、仕事をしてきた男の体だ。。

それに比べて僕はヘトヘトのヘロヘロ。。
翌日は足腰が立たないほどの筋肉痛で仕事に行けなかった。

このおっさんに限らず、こういう力仕事を長年続けてきた人は、歳をとってもかなりの力を維持している人が多い。
腕相撲をすれば、元々腕の力が弱い僕など一瞬でコテンと返されてしまう。
手を合わせれば芯が通っている感触だ。
もちろん腕だけでなく、身体も足腰もしっかりしている。

そして、何年も前にTVで見た“中国のリヤカー老人”を思い出した。。

“脱力”に拘る人は、筋トレにせよ重労働にせよ、筋肉を鍛えると動きが固くなって脱力ができなくなると思いがちだ。
確かに、筋肉の過緊張があると、そういう不都合が生じるかも知れない。
その場合は、力を抜く訓練が必要だろう。
しかし、最初から脱力ばかりで、芯の通った体が作れるだろうか…?

武術など関係ない、力仕事現場の、力持ちのおっさんに、
「力を使うな」
と言われたことは、このときの僕にはなかなか意外で新鮮な驚きだった。

「そうか。力は必要だけど、力はあって力を使わないのか…」

そして思った。
力仕事とはいえ、長年培ったこの体、この動き、
「このおっさん、功夫やん!」
武術に当てはめて考えるなら、
鍛えられた体、人並み以上の力、そして力に頼らない動き、ということだ。

昔は、労働者の筋肉は同じ動きばかりを繰り返しているせいで偏っているとか、ウエイトトレーニングで鍛えたボディビルダーの筋肉は固いとか思われていた。
(それが当てはまる場合もあるかも知れないが…)
また、労働階級に発達した南派拳の流派は力に頼る低級拳法のように一部で思われていたらしい。
しかしどうだろう。。
労働者でさえ、力に頼るなと言う…。。

コツを理解して動きが精練され力を使わなくなり、その上で芯の通った力強い打撃ができるとしたら。。
“勁”というものが訓練による洗練された力を言うのならば、このような力こそ勁であり、そのような力を発揮できることが「功を積んでいる」ということであって、それこそが「功夫」と言えるのではないだろうか…。

実はこう思うきっかけとして、この少し前に、喧嘩で2度、相手を一発で倒したことがあった。
詳しいことはまた改めて書くが、そのとき筋力の必要性を感じるようになった。
そして疑問にぶち当たってしまった。
例えば太極拳で、相手の攻撃を“暖簾に腕押し”のようにいなし、相手が自分の力で自滅するのを理想として、自分の内部感覚ばかりを意識して型の矯正に励む姿が、正しいのかどうか…。
そればかりに傾倒し偏っていていいのかどうか…。
もちろん、アプローチの仕方は色々あるにせよ。。

そんなことをあれこれ考えるようになってから、何年も経って、数年前に先生と再会したとき、ウチの流派では外功鍛錬にさらに拍車がかかっていた。
僕的には、もちろん外功鍛錬をやり始めた頃を知っていたが、その方法論がさらに深まっていたので驚いた。
しかし、、
自分がおっさんになってから始めてみると、なかなか辛い…。

できればもっと若くて元気なうちにやりたかった。。(^_^;)

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