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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

第二期修行13:黒帯を許されたときのこと

投稿日:2017年7月31日

月末ぎりぎり。とりあえず第二期修行の続きを書くことにする。
時系列がちょっとあやふやなのだが、今回は黒帯を許されたときのことを書いてみる。
――と言いつつ、実は時期をはっきりと憶えていなくて、印象的だったこと以外はあまり思い出せない。
ただ、S先生の道場に行かせてもらえるようになった頃だった気がするので、それがいつだったか、その頃SNSに書いた日記を見返したりした。
S先生の道場に初めてお邪魔したのは、どうやらT先生との稽古を再開した年の、6月末だったらしい。
思っていたより早い。記憶ってアテにならないもんだ。
僕は秋頃だと思っていたのだが……。
でも黒帯を許されたのは、もう少しあとだったかもしれない。
一年は経っていなかったと思うが。

それまで、僕はこの流派で段級をもらっていなかった。
昔は約4年ほど居て、一度復帰して半年くらい……だったかな?
たぶん合計で4年半以上居たと思うのだが、段級はなんにも無し。
何故かというと、確か入門して2年半くらいの頃だったかな、前にも書いたように西郡先生が独立する話が出て、そのどたばたで昇段がおざなりになってしまっていたからだった。
もちろん僕だけでなく、当時の兄弟弟子たちもそうだった。

そして、西郡先生が独立したら、僕らにもいずれ指導員をやってもらうというようなことを言っていて(T先生からそう聞かされていて)、僕らは兄弟弟子共々驚いていた。
まあ、言い方はちょっと冗談っぽかったので、あまり本気にしてはいなかったのだが、少なくとも僕は、仮に指導員云々が本当だとしても、それ自体は嫌ではなかった。
まーフツーに、世話になった流派であとから入ってくる門弟の指導を手伝うのは当然という気持ちもあったので。
――但し。
それくらい自信が持てていたならだ。
つまり指導員をやれと言われて「やってもいい」と思えるくらい、そういう自信を持てるくらい、ちゃんと教えてもらえるなら、ということだった。

そしてT先生からは、
「きみらには後から入ってくるモンの面倒も見てもらわなあかんから、早く育てようということで、本来なら二段以上にならんと教えんようなことも、教えてるんやで!」
などと言われていた。……のだが、3年を過ぎても僕らは、他流の二段以上の者と充分に渡り合えるような自信は持てていなかった。

いや、もう少し正確に言うなら。

僕はその前から喧嘩が弱い方では無かったし、たぶん他の武道でも二段くらいが相手なら互角にやり合えるという思いはあった。
実際にそのあと、過去記事にもあるように、二十代後半に少林寺拳法の相手とやり合ったわけだし……。
だから、そういうことではなく、太極拳や中国拳法を使って戦えるか、その上で強いか、という意味での「自信」だった。

で、正直言えば、僕は早く黒帯が欲しかった。
中学生の頃にお小遣いを削って通っていた空手の道場では、昇段試験を受けるお金が無くて、後から入った人が黒帯になっても、僕は緑帯のままで、結局、お金が続かなくなってやめてしまったからだ。

黒帯なんて、そんなお墨付きをもらったからと言って、実際に強いかどうかは自分自身の問題じゃないか、ということは、一方では分かっていたのだが、当時の空手道場でのキャリアが条件を満たしていても黒帯を取れなかった過去があっただけに、
「何でオレってこうなんだろう……」
という悔しい思いがあった。

ついでに言えば、巻物なんかもそうだ。
昔、T先生の部屋にお邪魔したときに、T先生が金兵衛先生から授かった、大和道だったか柳生心眼流だったか、あるいは両方だったか――の、巻物を見せてもらったことがあった。
(そのうちオレも書いてもらえるのかな……?)
なんて思っていたが、結局そういうのもうやむやになった。

そして、西郡先生の独立後、段級制度については「今、検討している」と聞かされていたが、いつまで経っても決まる気配が無いまま、僕はこの流派を一旦離れたのだった。
しばらくして一度復帰したときにもまだ決まっていなかった。

あとから余所で聞いた話も含めて総合すると、西郡先生は気難しいところのある人で、独立したときにはお弟子さんが大勢ついて来ていて、自流を整え大きくしようという意欲もあったようだが、しばらくすると大多数を破門にしてしまったそうだ。
よくは知らないが、たぶんそれからは、小ぢんまりと、少数のお弟子さんと続けておられたのだと思う。
S先生も、大阪からの通い弟子ではあったが、その一人だ。

ちなみに、うろ覚えなので自信が無いが、西郡先生は、確か最初はご自身のお家か道場があって、途中からはそれを売って小さい家に引っ越して、もう亡くなられていて時効だろうから言うが、モグリで骨接ぎや気功治療などを行ってらっしゃったらしい。

――さて、冒頭で書いた6月か、あるいはそれから数ヶ月以内のある日。
学校帰りのどこかの店で、T先生がおもむろに口を開いた。
「あ、そうや、hideくん。きみ、もう黒帯でええからな」
「えっ……、そうですか。ありがとうございます」
僕は素直に嬉しかったが、唐突だったので何となく反応に困った。
前述の時期的なことからすれば、このときT先生との稽古を開始してから半年ちょっとかそこらだ。
ともかく、黒帯は昔、もらい損ねたままだったので、
(予想より早かったな……)
と思いつつ、あっさり許されたことに拍子抜け。
「先生、段級制度は結局あのあとも決まらないままだったんですか?」
「うん、そやな」
「それでしたら、……今の、黒帯の基準は?」
「太極拳の型が一通り出来て、用法や口伝をある程度知っていて、一定以上にはそれらを踏まえた演武が出来て、あとは他の諸々もそこそこで、師匠である僕が黒帯でもええと判断できたら、という感じかな……」
「……なるほど」
「今のきみなら充分満たしているやろ。昔もやってたんやし」
「はあ。ありがとうございます。それで、そのあとの段については?」
「特に無い。今日から黒帯! というだけや」
「そうなんですか。免状とかも無しで?」
「うん。“面授”言うてな……」
「メンジュ?」
「『面と向かって授ける』と書く、“面授”や」
「なるほど。今日から黒帯締めて良し、というだけですか」
「そうそう」
「……わかりました」

まあ、拍子抜けではあったが、黒帯を許されたことは、僕にとっては、それはそれで感慨深いものがあった。
そういえばこの頃、柔道場で柔術の稽古をするときのために、空手着でも柔道着でもいいから道着を買っておくようにと言われていた気がする。
もしかしたらそれで黒帯の話が出たのだったかなぁ……?
「ま、黒帯買うときや!」
「……あ、はい」
「そのときに、ついでに僕の分も買うといて」
「先生の黒帯ですか?」
「うん。今持ってるのは、もうボロボロやし」
「そうなんですか。では一緒に注文しておきます」
「頼む。その分はあとで払うから」
「いや、僕が出しときますよ。そんなに高いものではないでしょうし」
「…………」
「名前はどうします?」
「名前はええわ」
「わかりました」
T先生が僕に自分の帯を買わせるつもりだったかどうか、はっきりとはわからないが、会話の流れからすれば、出すだろ、弟子が。フツー。
本当に金を払う気だったら、帯くらい最初から自分で買えっちゅうねん。
……などと内心、思いつつ。

それから、T先生のサイズ指定は4号。
帰ってネットで調べてみると、T先生の腹回りにはちょっと短そうだ。
それですぐには注文せず、次の稽古日に確認してみると。
「いや、それでええねん。僕は長い帯をぷらぷらさせるのは好きやないし、武術的にもそういうのはどうかと思うしな」
その後、僕は家でネット画面とにらめっこをして、迷ったが、ちょっといい帯を買った。帯自体も通常の帯より少し太めで厚みのある……。
もちろん値段も高めで、確か5千円以上だったと思う。

ただ、結果。……やっぱり、T先生には短かった。
帯が太い分、巻くときになおさら短くなってしまって、T先生が結び目からほとんど余っている部分が無いその帯を巻いた姿が、何だか窮屈でブサイクに見えた。
せっかくいい帯を買ったのに、T先生がその帯を巻いている姿を見たのは、その後2、3回くらいしか無かったんじゃないかな……。

ちなみに、帯が長いと武術的に何がいけないのかと訊ねた。
まー予想はついていた。「帯を引っ張られる」とのことだった。
僕は、稽古着なんだから別にいいだろう、と思った。普段着で締めるわけじゃないのだし。
それよりも僕は、単純に見た目として、長すぎても短すぎてもブサイクなのだから、機能的に短いと締めにくいし、長いと邪魔になるし、ほどほどで考えればいいだけだろうと思った。

武術的云々と言えば、T先生は、カバンはリュックを使っていたのだが、理由として、両手が空いている方がいざというときに対処しやすいから、とのことだった。
これも、僕には異論があった。
リュックは、背中側のカバン本体の上部や肩紐のあたりを引っ張られると転倒しやすい。
子供の頃にはランドセルを引っ張ってよく同級生を転かせた覚えがある。
だから僕は、僕も最初はリュックを使っていたが、片方の肩だけに肩紐をかけて持っていた。これなら引っ張られても肩からずり落ちるだけだし、取られそうな場合でもすぐさま手で掴める。
僕は左利きだから、左手をフリーにするため、大抵は右側にかけていた。
まあ、片方にばかりかけていたらバランスがどうのという意見もあるだろうが……。

しかしまー。
免状も何も無く、何だか値打ちが感じられなかったが、それでも一応この門下で「黒帯を許された」ということは、素直に嬉しかった。
そして、一応は自覚のようなものも出てきた。
「オレは黒帯なのだから、黒帯に恥じないくらいの技量は持っておかなければ……! そして、黒帯という以外の階梯は無くても、少しでも強い黒帯にならなければ……!」
――と。
まー僕以外、誰もいちいちそこまで考えていなかったかもしれないが。

さて、時間が無いので、今日はここまで。

一応、S先生の道場に行かせてもらえる時期まで来たので、次回は初めて道場にお邪魔したときのことを書こうかと思う。

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