中国拳法、武術、格闘技など、徒然気ままに…

太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

第二期修行12:教師としてのT先生 2

投稿日:2017年6月7日

T先生と再会したばかりの頃には、楽しみにしていたことがあった。
それは、映画、ドラマ、小説、漫画、アニメ、特撮などの、創作物に関する話をすることだった。
昔、最初に習っていた頃は、T先生はまだ大学院生で、みんな歳が近かったから、その頃にもよく稽古後に喫茶店でそういう話をした。
映画では『スターウォーズ』が筆頭。特にS先生が熱狂的なファンで、T先生もその影響を受けていた。
当時のS先生は、
「ええか、映画は娯楽やぞ。娯楽やない映画は、映画とちゃう。小難しい内容やドキュメントなんちゅうもんは映画やない。俺は認めん」
――と、こんな感じのことを口癖のように言っていた。
小説では、歴史物や時代劇小説など。日本の物も中国の物も。
漫画、アニメ、特撮などは、古く懐かしい作品の話がほとんどだったが、『機動戦士ガンダム』は少しばかり話題になることがあった。
そう言えばT先生がノベライズ版の『機動戦士ガンダム』を、「読み終わったから」と言って、僕にくれたことがあったっけ……。
あとカンフー映画は言うまでもないだろう。
ただ、時代はジャッキー・チェン全盛になっていたけれども、先生たちにとっては中国拳法に興味を持つきっかけとなったブルース・リーが、やっぱり一番だった。
ジャッキー・チェンの話をしていても、特にS先生がいるときは、いつの間にかブルース・リーの話になっているという感じだった。

ちなみに『スターウォーズ』は、僕が入門した頃は、旧三部作の二作目までが作られており、三作目の公開を待っている時期だった。
僕は(そのときは)一作目しか観ていなくて、それほど入れ込んでおらず、先生たちとは温度差があって、話にあまりついて行けていなかった。
レンタルビデオもまだ無かった時代だから、観ていない映画や、内容をあまり憶えていない映画を、観ようにも、テレビ放送や小さい映画館での再上映を待つしかない。
それに、高校卒業後、学費を貯めるためにアルバイトをしていたので、映画をしょっちゅう観に行くような余裕は、時間的にも金銭的にも無かったから、新しい映画の話題にもついて行けなかった。
――だから。
あれから年月が流れて、改めてT先生との付き合いが始まって、
「今ならいろんな話が出来る!」
と、楽しみにしていたのだった。

稽古を再開して間がない頃、僕がSNSの日記に映画の感想を書いたことがあったのだが、それをT先生が読んでくれて、稽古後に飲んでいるとき、
「この前、日記に書いていた映画の感想はなかなか面白かった」
と言ってくれたことがあった。
僕はそれが嬉しくて、もっとそういう話がしたくて、自分からも積極的に創作物の話を持ちかけるようになった。
あと、前にも書いたが武術の話は、最初の頃にT先生が、
「僕を接待して何を得ようとしているんや?」
というようなことを言って、からかってくるのが鬱陶しかったから、別にそんなにがっついているわけじゃないと理解してもらいたくて、他の無難な話題に持っていこうとしていた、というのも、理由としてあった。
さらに言えば、他愛ない会話からでも端々に人間性は垣間見えるものだから、そういうところからも、人としてのT先生を探ろうとしていたところがあったと思う。
それらは『武術とも無縁ではない』――と、僕は考えていたので。

ある日、「最近のドラマでは何が面白い?」という話になった。
僕はそのとき、少し前に見た『女王の教室』というドラマを挙げた。
するとT先生は、即座にそれを拒絶。
観たことは無く、評判は知っているが、観たくないと言う。
僕は、今では内容もあまり憶えていないし、特別に『女王の教室』を推していたわけではないが、何故観たことも無いのにそんなに拒絶するのかと思って、理由を聞いてみた。
すると、学校モノは観たくない、自分が教師だから、教師を描いた話は観たくない、とのことだった。
一見、わからなくもない気もするが、内容を知りもせずにそうまで拒絶するようなことか、理由としては弱いし、共感はできない。
そんなことを言ったら、警察関係者は警察・刑事モノは観られないし、医者は病院モノのドラマは観られないではないか。
普通は、自分と同じ職が描かれていたら、たとえ嘘臭くても興味を持つ場合の方が多いと思うし、T先生と同じことを思う人がどれだけ居るだろう?
もっと言えば、僕らは武術をやっているわけだが、そしたら、武術が描かれているものを拒絶するのか?
だったら、カンフー映画もダメということになってしまうだろう。
まあ、仕事と趣味は違うかもしれないが……。
そんなふうなことを少し言ったら、その場で取って付けたような苦しい理由を足して、話が余計にわけのわからない方向に行きそうになる。
僕は、しつこく聞くほどのことでもないし、また機嫌を損ねるのも何だし、面倒なのもあって、そこで切り上げたのだけれども。

これと似たようなことは、携帯電話を持たない理由を尋ねたときもそうだったが、要は、本当は理由など無いのだ。
ただ単に、気が進まない、嫌だ、というだけなのだろう。
もちろん人間は、感情の生き物だ。
好き嫌いも含めて、理屈で整理できない情緒的なところもあって然りだ。
しかし、酒を飲みながら楽しく語り合うはずの他愛ない会話の中で、つまらないことに拘って、話が続かなくすることもあるまい。
何より僕としては、映画を始め、諸々の創作物が好きな者同士として、知らないものをまったく知ろうともせずに、拒絶する姿勢が残念だった。

そして、お互いに知っている作品について語り合った場合も、T先生が口にすることは、あまり大した感想・意見ではないことが多かった。
昔は、歳が四つ五つ違うだけで、先生たちのことは、とても大人で物識りに見えたし、深い見識を持っているように見えていた。
けれど中高年になって再会してみれば、まあ、一般教養的なことは身につけていると思うけれども、物事の捉え方、感じ方などの感性においては、どこにでもいるような、ごく普通で面白みの無い人だった。

テレビと言えば、この何年か前に、T先生が勤務する学校が、日本テレビ系列で毎年夏にやっている“24時間テレビ”に出たことがあったそうだ。
そのとき番組側が「こう見せたい」というようなシナリオを用意していて、それに沿った指示が為され、現場担当者の態度が傲慢だったこともあって、T先生は非常に不快な思いをしたのだという。
それで、
『テレビってこんなふうに作られるんだな、ということがわかった』
と、T先生は思ったそうだ。
僕としては、それもわからなくはないのだが、その一つの事例だけでテレビ全部をわかったような話に持っていくのは、どうかな? ――という気がしてしまう。
それに番組をちゃんと観ていれば、わざとらしい演出があれば、察しのいい人ならば大体わかりそうなものだ。
僕は、少なくとも20年以上は「24時間テレビ」を見ていないし、
「あんなものは、わざとらしくて観ない」
という人の声もよく聞く。
だから概ね、T先生が言うことに異論は無いのだけれど、しかしたった一つの経験を元に、テレビ全部を一括りにして、悟ったようなことを言うのには違和感を覚える。
これを「一事が万事」と言ってしまえるだろうか?
現実はT先生の言う通りかもしれないが、主張する理屈の組み立てが、きちんと成っていないと思うのだ。
教職に就いているような人の意見として、
「それはどうかな?」
と、思ってしまうわけだ。

そんなことを思いつつも、僕は、T先生と酒を飲みながら話すときは、一つ二つ意見を返すことはあっても、基本的にはT先生を立てて引く。
何でも「はい」「そうですね」「おっしゃる通りです」などと、イエスマン的な受け答えばかりでは誠意が無いし、会話が転がっていかないから、多少は意見を言うようにするが、議論になるようなことは避ける。
本当はすべてにおいてイエスマンであった方が上手くいきそうなことはわかっている。
しかしそれはT先生のためにも良くないから、僕はそうしない。
そして内心、
(この人って子供だなあ……)
と、いつも思ってしまうのだった。

さらに言うが、“子供”と言えば「少年の心を持ち続けている」なんて言い方もあるが、
『大人としての常識や、人間的な深みを備えつつ、童心も忘れない』
――と、いうことと、
『大人としての地位や稼ぎは立派でも、中身はいつまで経っても成長できない子供のまま』
――と、いうのでは、違うだろう。

まー、“先生”なんて呼ばれる人には、後者の意味で子供のままな、ろくでもない人が多いような気はするが……。

腐してばかりでは何だから、良かったことも書いておこう。
創作物の話に関しては、年月を重ねる内には、僕の話に耳を傾けてくれることも多くなった。
特に漫画やアニメに関しては、僕の話を通して、少しは観て、認識を改めるようになったし、中にはT先生がハマってしまうような作品もあって、最初の頃よりは話が弾むようになった。

それから、再会時に心配だったことの一つとして、僕は中国に対して批判的な思いを抱くようになっていたのだが、中国大好きなT先生と、そういった面で話ができるかどうか、という危惧があった。
だがこれについてはT先生も、歴史に関しては必ずしも教科書通りではなく、バランスのとれた見識を持っていて、近現代における中国に対しては批判的な意見を持っていた。S先生からの影響もあったと思うが……。
しかし文化的には、変わらず中国のことが好きで、例えば中国茶を味わう趣味があったり、家族で中国に旅行に行ったりしていた。
そしてもちろん僕も、何もかもひっくるめて中国嫌いになっていたわけではないし、昔は「秦の始皇帝」「項羽と劉邦」「三国志」などの歴史小説も読んでいた。
また、武術との関連で「孫子」を読んだのをきっかけに、「孔子」などの思想書も、かみ砕いて書かれた入門解説書くらいは幾つか読んでいた。
T先生と稽古を始めてからは、ケーブルテレビで金庸(きん・よう)原作の武侠ドラマが放送されていたので、それらの作品についてもよく話した。
ちなみに二人とも、『神雕侠侶(しんちょうきょうりょ)』に出演していた女優、リウ・イーフェイが好きで、それ以外でも、女性の話をするときは、何故か好みが合うことが多かった。


チャンネルNECO『神雕侠侶』より

他にも、反日・自虐史観的な日教組に染まっているようなタイプの教員では無かったので、その辺は好感が持てた。
まあ、教師としてはどうかと思う面は多々あったのだけれども。

学校教育に関しては、僕のような者が本職の人に意見を言う立場ではないが、せっかくこうして知り合って話をしているのだからと、世間話程度に意見を述べたことがある。
それは「担任」という職を専業にするという案だった。
つまり「学級担任のプロ」だ。
従来の教員免許とは別の資格を作って、例えば一定の社会経験のある人なら大卒でなくても取れるようなものにして、子供の面倒を見るのが好きな人が学級担任の業務をするのに必要な知識と資格を取得すれば、その職に就けるようにする。
“プロ担任”が生徒の面倒を見るようになれば、学級崩壊のリスクも減るし、問題児対策も、モンスターペアレントへの対応も、現状よりきめ細かいものになるだろう。
また、「学級担任」という専業の職が出来れば、その分雇用も生まれるし、従来の教員が行ってきた負担が減り、教員は学業を教えることに専念できるというわけだ。
細かいことはさておき、僕は、我ながらそんなに方向性の悪い話ではないと思っていたし、今もそう思っている。
ところが、聞いた途端に、T先生は全否定だ。
それもちょっとイラついた感じで、「素人が意見を言うのは気に入らない」と言わんばかりの雰囲気で、やはりこれもまともな理由など無く、
「言いたいことはわかる。でもそんなもんじゃない」
というようなことを言って、ただ否定して終わり。
僕としては、T先生が教師の大変さを口にすることもあったから、負担が減っていいんじゃないかという意味も込めて言った意見なのに、まさかこうも不愉快な態度で全否定されるとは思わなかった。

また、別な時期のあるとき。
その日入ったのはカウンター式の居酒屋。
僕らが座った席の正面にはテレビが備え付けられていて、何やらクイズ形式のバラエティ番組をやっていた。
画面には難読漢字が5問ほど並んでいたが、その中で僕は「牛蒡」だけ読めなかった。
「先生、あれ何て読むんですか?」
「え、わからんか? “ごぼう”やん」
さすが国語の先生。などと見直していたら、そのあとニュースで高校野球の選手にインタビューをしている映像が流れた。
僕の記憶では、後の北海道日本ハムファイターズの中田翔選手だったように思うのだが、昔から高校野球をあまり見ていないので自信がない。
とにかく、なかなか堂々とした受け答えをしていたので、
「まだ高校生なのに、しっかりしてますねえ……!」
僕が感心して思わずそう口にすると、T先生は顔の前で「いやいや」という手振りをしながら否定して。
「指導するモンがおるんや、余計なこと言わんように」
「…………そうなんですか」
僕はそのまま黙った。
言いたいことはあったが、そこで言えば逆らうことになるから、面倒臭くて飲み込んだのだ。
そのとき思ったことはこうだ。
たとえ受け答えを指導する者がいても、それを守って話せるなら、それはやはり、しっかりしているということだろう。
それに、そういう面では、政治家、企業の役員、芸能人などの方が、もっと専門性の高い人がシナリオを用意したり失言対策の指導をしたりしているに違いない。
それでも、とんでもない暴言・失言をする大人が幾らでもいる。枚挙に暇がないだろう。
裏で言葉を操っている大人がいるというだけで、それも確証のないことなのに、さも知ったように、ただただ否定。とにかく他者を認めない。
それが学校教師の言として真っ当なのか、ということだ。

また、あるとき、電車の中でT先生が昔の教え子に偶然会って、声をかけたことがあった。
その日は何故かJR。
ちょっと混んでいて扉の前には居られなかったから、座席の前まで行って、つり革に掴まっていたら、T先生が目の前に座っている若い女の子をじーっと見て、おもむろに声をかけた。
「○○さん」
女の子は22~23歳くらいか。携帯電話を操作していて、顔を上げてT先生を見ると「ああ」と気づいた表情で顔をこくっと動かして会釈したが、そのまま携帯電話をいじり続けた。
T先生は重ねて話しかけたが、女の子は携帯電話の画面を見ながらぼそっと短い言葉で返すだけだったので、すぐに会話が途切れてしまった。
T先生は言葉の持って行きように困って、僕の方にその子の説明をした。
昔の教え子で、確か、看護師になったか、そのための勉強中だったか。
「頑張り屋さんやねん」
と、女の子を褒めて締めくくったが、本人は無反応なままだった。
女の子は、視覚はもちろん、どこかに障害があるような感じの人ではなかったので、前に勤めていた学校の生徒だったのだろう。
あとは天王寺までの数駅、その女の子との会話はまったくなく、終点である天王寺駅に着くと、女の子は、チラッとこっちを見る程度のぞんざいな挨拶で、そそくさと電車を降りて小走りに去って行ってしまった。
T先生は苦い顔をしているように見えた。
「恩師に対する態度ではないですね……」
僕はフォローめいたことを口にした。
まあ、常識的には、携帯の操作を中断して、立って挨拶して、せめてわずか数駅くらいは話でもして、気持ちよく別れれば良さそうなものだ。
けれど内心思ったのは、T先生はその女の子からは、相手にしたくないほど嫌われていたのだろう、ということだ。
そしてまた、嫌われていることも分からずに平気で声をかけて、あんな態度を取られてしまったのだとしたら、何というか、痛々しい……。

――そういう、生徒から嫌われる原因になりそうなところは、学校内でも目撃したことがあった。
いつのことだったか正確には憶えていないので、前述の電車の件と、どちらが先だったかはわからない。
靴置き場で待っているときや、講堂との行き帰りの際など、校門前や運動場でよく見かける生徒が居た。おかっぱ頭の全盲の女の子で、確かT先生から「中学二年生」だと聞いた気がする。
僕が学校にいる時間によく見かけていたので、印象に残っていた。
その子が、ある時期から30代くらいの女性教諭に付き添われて運動場で何かしている様子だったので、T先生に尋ねてみた。
「先生、あの子は何をしているんですか?」
「ん? ああ、あれは歩行訓練をしてるんや」
「歩行訓練?」
「街中で一人でも歩けるようにならんとあかんからな」
「……そうですか。大変ですね」

そんな光景を何度か見かける内、ある日、T先生がその子のところに寄って行って、
「や~、頑張ってるねぇ~!」
と言いながら、前髪をくしゃくしゃと揉みしだいた。
瞬間、女の子はあからさまに嫌な顔をして、ブンブンと顔を横に二、三回振ったのだが、T先生は笑って頭にまだ手を当てたまま。
女の先生は愛想笑い。
女の子がもう一度首を振るとT先生は「ははは」と笑いながら手を放して、また「頑張りや~」と言いながら離れて、こっちに戻ってきた。
僕は内心ちょっと呆れていた。
女の子は、まあ、お世辞にも「可愛い」と言えるような容姿ではないし、歯に衣着せずに言えば、目が不自由な人特有の、白目をむいたり、うつむいてしかめっ面をしたりするような表情・しぐさがあるので、印象は良くない。
見た目は幼く、おしゃれを気にしているような様子でもない。
けれど、それでも、思春期の女の子なのである。
その女の子の前髪をいきなりくしゃくしゃするのって、どうよ?
また本人からすれば、気配はわかるにしても、近づいて来るなり、いきなり頭や顔のあたりを触られたら、それだけでも不愉快に違いない。
それに前髪くしゃくしゃなんて、頭を撫でてあげるような意味でしたのかもしれないけど、小さい子供にするようなことだろう。
そして、あからさまに嫌がられたら、「嫌だ」ということはわかりそうなものだ。
驚くのは、それから二、三週間した稽古日にも、同じことをやっているのを見たことだ。もしかしたら計3回くらいは見たかもしれない。
女の子の反応は当然、同じだ。
そして、僕が基本的に週イチしか行かない稽古の日に、たまたま複数回見たわけだから、普段から何度も同じことをしているのではないか?
(そりゃ嫌われるよ……)
――と、僕は思うのだった。

そんなT先生でも、後輩の先生に頼られることはあったようだ。
ある日、稽古が終わって靴置き場のベンチで待っていると、ようやく廊下に姿を見せたT先生、のそのそとこっちに向かって歩いて来ていた。
そして10メートル以内まで来たあたりで僕も立ち上がり、ぺこりとお辞儀をしようとしたとき、「校舎2」の方から来た、さっき書いた人とは別の、これまた30代くらいの女の先生が、T先生に声をかけた。
それで二人は、僕から4、5メートルのところで立ち話を始めた。

T先生はこっちを向いているが、女の先生は背中を向けている状態なので、僕が居ることには気づいていない。
僕はしばらく立ったまま待っていたが、話が長くなりそうだったので、一旦ベンチに腰かけた。
で、さらにまた10分か15分ほど待ったが、まだ話を続けている。
T先生は、女の先生に声をかけられたとき、僕の方をチラッと見たが、そのあとはほとんどこちらを見ずに話し続けていた。
話の内容は聞こえていて、最初は何やら相談っぽく声をかけてきたのだが、特に重要なことではなく、ほとんど井戸端的な会話。
僕がT先生の立場なら、最初に声をかけられた時点で、
「hideくん、ごめん。ちょっと待ってて」
と声をかけて、僕が居ることを女の先生にわからせるだろう。
しばらく話し込むようなら、いつものように「駅前のパン屋に行って待っていてくれ」と言ってもいい。
T先生が今しなくてもいいような会話に延々付き合うのは、ブッサイクだろうとヘチャだろうと、女の先生に声をかけられて嬉しかったのだろう。
放っておいたらいつ終わるかわからない二人の立ち話を、黙って待っているこっちはたまらない。
30分くらい待ってしびれを切らせた僕は、立ち上がって声をかけた。
「先生。……あの、よろしければどこかで待っていましょうか?」
女の先生は振り返って「あっ!」という顔をした。
様子からして僕のことを、いつから待っていたんだろう、ずっと待っていたんだろうか、と、きっと思っただろう。
女の先生は慌てて、そそくさと話を切り上げ、T先生に挨拶をして小走りに職員室の方に去って行った。
T先生は邪魔をされて機嫌を損ねるかと思ったが、意外なことに表情に「嫌」というほどの変化は見せなかった。
T先生自身も切り上げ時がわからず、困っていたのかもしれない。
だとすれば、この人は本当に、人との接し方があまりよくわかっていない人なのかもしれない。

T先生との稽古を始めて何年か経った頃、T先生の同僚の、全盲の教員が、駅のホームから線路に落ちて、電車に轢かれるという事故があった。
僕は驚いて訊ねた。
「その先生は亡くなったんですか?」
「いや、助かった。片足を無くしたけどな。今、入院してる」
T先生の言い方は、まさに人ごと。淡々とした口調……。
「それで今日、ちょっと付き合って欲しいんや」
「は?」
「お見舞いに行くから」
「それでしたら、僕は今日は遠慮しましょうか……?」
「いや、構へん。そのあとで飲もうや。病院の待合室で待っといて」
「……はい」

確か「森ノ宮」にある府立病院だったと思う。
診察時間外だったので、待合室はシーンと静まり返っていた。
まーたまた、僕はぽつんと一人。長時間待たされることになった。
(あのおっさん、完全にオレをポチ扱いしてやがんな……)
こうなると思ったのもあって、来るのは嫌だったんだが。
それにしても同僚の先生、片足を失うほどの大怪我だったのだから、事故からはだいぶ日にちが経っていると思うが、T先生も僕が来る日に合わせて、ついでのようにお見舞いって……。
僕を待たせて、一応の義理を済ませて、僕の奢りで飲んで帰るってか。
何だか本当に「心無い人だなあ……」って感じがする。
結局40分くらい待たされたと思うが、ようやく出てきたT先生と、また店を探してあちこちウロウロ。

お恥ずかしいことを一つ正直に言うが、この頃、収入が落ち込んでしまっていて、この日は月初めだったので月謝を用意していたが、それとは別に一軒飲みに行けるくらいの分しか金を持ってきていなかった。
数日後に金が入る予定だったが、ちょうど色々な支払いや出費が重なって、金欠状態のとき。
そんなときに限って、T先生が入った店に飽き足らず「もう一軒行こう」と言ったりする。
僕は仕方なく、トイレに入って封筒から一万円札を取り出して、二軒目の支払いを済ませ、月謝はその日、渡し忘れたフリをすることにした。
まあ、もしT先生が金のことを言ったら、次回にしてくださいと頼むつもりだったけれども。……そう言うしかないし。
ちなみに収入が不安定になり始めたのは、T先生との稽古を開始して2、3年後からだったかな。
それから今に至るまで乱高下を繰り返している。
そしてこんなふうに月謝を払うのがピンチだったことは、T先生に対してはこのときを含めて2回あったと思う。
それと1回だけ、月謝を払う日ではなかったが、飲みに行く余裕がなくて、稽古には行ったが「仕事がある」と断って帰ってきたこともあった。

……心無いと言えば、雨上がりの日、稽古が終わって学校から駅に向かう道で、目の前十数メートルほど向こうで、自転車に乗ったおじいちゃんが車道から歩道に入ろうとして、スリップして転倒してしまったことがあった。
僕はすぐに駆け寄ろうと走り始めたが、T先生は横で眺めながら「あ~あ」と言っていた。
僕がおじいちゃんを抱き起こしていると、しょうがなくあとからトコトコと駆け寄って来たけれども。
基本、他人に対する気持ちが不感症気味な人なのだろう……。

さて、今日は、書こうと思っていたことを一気に詰め込んだ。
長くなってしまったので、稽古や技術に関することは書けなかったが、ご容赦を。
次回、何か技術的なことを書くことにする。

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