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太極拳ってど〜よ!?

徒然エッセイ

第二期修行08:稽古を再開して数ヶ月間のこと5

投稿日:2017年4月11日

実は、この“第二期修行”を書く合間に「突き」「型」「用法」などに関することを別記事として書こうと思っていたのだが、先月は修行の話が進まなかったので、まずはこの続きから書くことにする。

ちなみに『拳児』に関することも、「改めて書く」と前に予告していたが、作品本編を読んだのが遠い昔のことなので、あれから読み返していた。
まず率直な感想として、週刊連載で読んでいたときと違い、まとめて読んでみると、ツッコミどころは多々あるものの、それはそれとして、案外面白く読めるところもあった。
ただ、すんなり読めたのは5巻あたりまでかな。
中華街に八極拳を習いに行くあたりからは、面白みを感じなくなって、読むペースが落ちていった。
物語上は、八極拳の本格的な(?)修行が始まり、宿敵の「トニー・譚」も登場するので、拳児好きの人にとっては、ここからが一番面白いところなのだろうけれど……。
でも僕的には、そこから台湾、香港、中国と、さらにトーンダウンしていき、特に中国に渡ってからは、苦痛と言っていいくらい読み進めるのがしんどくなってしまった。
読み始めたのは去年の11月始め頃からだったが、気が進まないときは数ページで「今日はやめ!」となり、結局、本編を読み終えたのは2月半ばで、4ヶ月以上もかかってしまった。

『拳児』の単行本は全21巻で、本編が20巻まで。最終巻の第21巻は外伝で、八極拳の達人「李書文」の逸話をまとめた短編集となっているのだが、この巻がまだ読めていない。
何故、この一巻が読めていないのかと言うと、内容を部分的に憶えていて、その憶えている部分の悪印象が、もう一度読もうという気を萎えさせているためだ。
何しろ本編も途中からは苦痛に耐えてようやく読み終えた次第なので、最後のたった一巻になかなか手が伸びなくて。
まあ……これに目を通したら、改めて書こうと思っている。

いきなり脱線。では、修行の続き。

T先生との稽古を開始してから、初めは、型をやり直しつつ、型に関する口伝を教わったり、一本組手で技を試す稽古をしたりした。
太極拳の型は、長らくブランクがある間に順番があやふやになってしまっていたが、数カ所の繋ぎを忘れていただけなので、そこさえ判れば、あとは自然と出てくる。
毎回稽古の始めにT先生と一通り演武するので、何度かやるうちには完全に思い出せた。

T先生が待ち合わせの靴置き場に遅れてくることが多かったが、大幅な遅刻でなければ、大体1時間半は稽古ができる。まあ、遅れてくる度合いによって、この1時間半が多少前後するのだが。
学校の生徒たちのクラブ活動は、夕方5時半か6時頃までだったと思うが、教職員はその後もしばらく学校に残っているので、限界的には6時半頃まで講堂を使用可能である。
とはいえ7時頃には教職員がほとんど退出して学校が閉まるから、それまでには僕らも出ないといけない。それに、さすがに毎回ギリギリまで使うわけにもいかないから、基本は生徒と同じ時間に稽古を終える段取りだった。
僕的には、あまり待たされずに移動や着替えの時間を含めて2時間あって、そして帰りにぐだぐだ歩き回らずに、6時半過ぎには居酒屋に入れるときがちょうどいい塩梅だったが、とにかくそれはT先生次第だった。

あと、たまには僕が時間ギリギリや数分遅れで到着することもあったのだが、そんなときに限ってT先生が靴置き場の前に立って待っていたりする。もしくは、向こうから歩いてくるところだったり。
校門のあたりからT先生の姿が見えると、小走りに駆け寄って挨拶し、僕の方が遅れたことを詫びるのだが、大抵はぶっきらぼうな表情のままだ。
待たされて怒っているのか、他のことで機嫌が悪いのか、特に何も無くてもたまたま顔がそうなのか、わかりにくい。
で、そのまま稽古場に移動。着替えると、息つく暇もなく稽古開始だ。
僕は、重い荷物を担いで、1時間以上かかって到着したばかり。
T先生が遅れてくるのは嫌だったが、時間きっちりにかち合って、稽古が即始まるのもしんどい。
だからそんなときは、世間話をしながらわざとゆっくり着替えたりした。
T先生の目が「早よ着替えろ」と言っているのだが、自分がたまに早く来たからって、こっちにも一息つく暇くらいくれってなもんだ。

稽古の約束や連絡は、SNSのメッセージで行うことになっていた。
T先生が携帯電話を持っていなかったので、前日までに日時を決めておいて、当日に何かあれば、それもSNSで連絡する。
T先生の方は学校の6限目が終わって終礼後に、もう一度メッセージを確認することになっていたが、見たり見なかったりだ。
最終手段としては学校に電話をすることもできるが、授業のある時間帯にはかけにくいし、他の教職員に伝言を頼むのも何なので、当日の連絡は極力しないようにした。
だから、ほんのちょっと遅れてしまうようなときが一番困るのだった。
基本的には余裕をみて出かけるのだが、早く着いたら着いたで学校近くで時間を潰さなければならないし、10分前に学校に入っても、T先生が30分遅れてくれば、待ち時間は実質40分だ。
僕の側のこういう苦労など、T先生は想像したこともあるまい。

それと、連絡方法はSNSで、と、最初に指定されたとき、T先生から、
「用件は短く簡潔に。それと、僕が短い返事で済むようにな」
――と言われた。
まあ、それは普通そうだろうし、言われなくても僕もそうするが、それでも、T先生が前回の稽古の際に何か言っていたときとか、確認したいことがあるときとか、日時のこと以外に一つ二つ書くこともある。
けれどそんな場合でも、T先生から返ってくるのは大抵一言。
「15:50に」と、本当に時間だけしか書いてないこともめずらしくない。
返事によって持っていくものがあるときや、T先生が言い出したことについて書いているときもあるので、それでこんなふうにつっけんどんに返されたときは、内心ちょっと腹立たしい。
そして、たまにT先生の方から何か書いてくるときもあったのだが、挨拶も無く用件のみのわずか数行の文章なのに、割と頻繁に誤字脱字がある。
多くてもせいぜい5行以内程度の文章でだ。
まあ、誤字は大抵、同音異義語などの誤変換によるものだ。脱字は、単語の前後を入れ替えたり、“てにをは”を変更したりする際にうっかり削除してしまったり、といった感じだろう。
……しかし、だ。
たかが数行の文章なのに、自分の文章をまったく読み返しもせずに送っているのだろうか。国語の先生の癖して。
人には厳しい指示をしておいて、自分は簡潔どころかぐだぐだな文章。
T先生は大学生の頃からパソコンを持っていたから、タイピングは得意ではないにしても、操作に不慣れというわけではあるまいに。

しばらくして、S先生の道場に行くようになってから、確かT先生が稽古を休んだときだったと思うが、T先生からのメールに誤字があったというようなことを、T田さん(S先生とT先生の兄弟弟子)が僕に言ってきたことがあった。
「いやあ、T先生は僕とのやりとりでも誤字脱字多いですよ」
「ははは。何の先生やっちゅう話やな!」
そして、もっとずっとあと、T先生と決別してからだが、S先生と飲んでいるときにもそんなことを言っていたら、あるときS先生からもこんな話があった。
「先週の稽古、Tのヤツが休む言うてオレにメールを送ってきたんやがな、こんな文章やったんや!」
そう言いながらS先生は僕に携帯電話を見せてくれた。確か、
『今日は風邪で熱があるので、稽古を休ませてもらいます』
――と書くところを、よく憶えていないが「今日は熱で風邪があるので~~」みたいな、おかしな文章になっていた。あと、変なところに句読点が付いていたような。
「あいつの文章、ホンマにお前さんの言う通りやな!」
と言って、S先生は呆れ笑い。
「オレは機械は苦手やから携帯のメールも得意やないけどよ、メールの文章は2、3回読み返してから送るぞ。あいつ、そういうことせえへんヤツなんやな?」
「そうみたいですねぇ」
僕も懐かしく思いつつ吹いてしまった。
多くの前科が無ければ、風邪がひどかったのかと思うところだが。

さて、T先生との稽古開始後、1ヶ月を過ぎたあたりからK拳をやり始めたわけだが、当初は、基本をちょっと説明されただけ。あとは鍛錬。
ウチの太極拳は、すでにK拳式の太極拳になっていたから、型を一から習うというのではなかったが、
(そうは言っても、K拳はK拳として、あるのだろう?)
――と、K拳の実態というものが、ほとんどわからないままだった。

実は、鍛錬そのものが、K拳の技の稽古でもあった。
外部の人にも解りやすく言えば、例えば“站椿”の手形が技の雛形にもなっているように、K拳では鍛錬として行うときの姿勢や動作が、技の稽古にもなっているわけだ。言わばそれが“型”なのである。

最初は姿勢の違いに苦労した。ついつい元に戻ってしまう。
例えば、胸を張るのを疎かにして、いわゆる含胸抜背になってしまう。腰や尻のあたりの張りについてもそうだ。
しばらくして聞いてみた。
「先生も最初は姿勢の違いに戸惑ったでしょう? この姿勢が馴染むまでにどれくらいかかりました?」
「どうやったかなぁ。憶えてへんわ」
「では、他の人を見てて、どうでした? 例えばS先生のお弟子さんとか。立ち方が板に付いてくるまで、どれくらいかかっていました?」
「そうやなぁ。まあ、3年くらいはかかるんとちゃうか」
「3年も……!」
――実際、本当にこれは3年くらいかかった。
単に慣れるというだけなら、半年もしないうちに慣れてきたと思うが、この姿勢から力が出せる実感を得て「そうか、こういうことか!」と初めてわかった気になるまでには、やはり3年くらいはかかったと思う。
もちろんその間も、徐々に筋力が上がることで力が出るようになってはいるのだが、システマチックな意味でだ。
もっとも、僕が誰かに教える場合、僕ならもっと早く気づかせてやれるようにコーチできると思うが、でもまあ、それは相手にもよるかな……。

K拳の鍛錬を始めたときは、それまでのブランクの間にすっかり体力が落ちてしまっていたせいで、ひどい筋肉痛に見舞われた。
最初は、稽古の仕上げに20分程度、一つの動作を30回から50回ほど数種類の鍛錬をやるだけだったのだが、如何せん、T先生との力の差があり過ぎて、きついなんてものではなかった。
10回もできるかどうか、いやそれどころか、いきなり1回も動かすことができないほどの負荷をかけられて、しょうがないから緩めてやる、みたいな態度で、鼻で笑われながら、まずはどうにか数回。
そこからあとは、僕の力に合わせて加減してくれているとは言え、力を誇示するように、いびるような扱いだ。
そして気が遠くなりそうな思いでようやく30回。それを数種類だ。
最初は、これがどう技に繋がるのかわからないので、ただしんどいだけで、「今日はいい稽古になった」みたいな充実感も無い。
当然、自分が上達しているような実感も得られない。
型は褒められたが、その型さえ、なかなか思うように稽古できない。

僕は、K拳の内容はともかく、これではあまり稽古にならないと感じていた。いや、開始当初からT先生との稽古の月3、4回だけでは、練習量が少ないことは、わかっていたことだ。
体力が落ちていたので、いきなり飛ばすのも何だと思って、最初はのんびり構えていたが、S先生の道場にお邪魔するようになれば週2回くらいの稽古になると、それをアテにしていたのだった。

そのS先生の道場には、いつ頃お邪魔させてもらえるかを尋ねてみたこともあった。2、3ヶ月の頃だったか……。
予想してはいたが案の定、T先生は「オレとの稽古だけでは不満なのか?」というような、不機嫌な顔になった。S先生のところにもお邪魔させて欲しいということは、当初から希望を伝えてあったのだが。
僕は、マンツーマンで教えてもらえることは恵まれていると思っているが、先生とは力量差があるし、いろんなレベルの人と手を合わせられないとなかなか稽古にならない、自分の上達も判りにくい、というようなことを説明して、理解を求めた。
「でも、今のきみがSさんのところに行っても、まともに稽古についていかれへんぞ。僕も恥をかきたくないしな。もうちょっとくらいは力をつけてからにせんと」
「はい。もちろんそれはわかっています。ただ、今のペースではまともに人と練習できるのが先生と会うときだけですし、どれくらいかかりそうかと思いまして」
「……そうやな。まあ、僕との稽古がまる一年くらいになったら、な」
「わかりました」

結果的には一年も経たないうちに、S先生のお弟子さんの中で一番下の人とならちょうどいい稽古ができるんじゃないかということで、S先生のところに一度お邪魔させてもらえることになった。
でも確か、思ったより早く行けることになったのは、S先生の鶴の一声があったからだったような。
S先生の道場の、週末の稽古日には、稽古後に先生の兄弟弟子たちだけで近所の居酒屋に寄るのが恒例になっていたのだが、そのときにS先生が、
「オレんとこ来たい言うてんのやったら、一度連れて来いや」
と、T先生に言ってくれた話を、S先生本人から後で聞いた気がする。でもこれは、ちょっと記憶に自信が無いのだが。

で、3ヶ月あたりの時点では、S先生のところにはなかなか行かせてもらえそうになく、どうしたものか……と考えていた。
もちろん自分でも型の稽古や筋トレくらいは、部屋でできるような範囲ではやっていたが、それだけでは満足な稽古にならない。
いろんな人と手を合わせられないのも痛い。
せめて、人に見られず自由に動き回れる場所が欲しい。
それで、
「太極拳教室をやろう!」
――と、思い立った。
場所を借りられれば、不特定の人に見られずに型の稽古ができるし、習いに来た人と手を触れるだけでも、少しは感覚の訓練になる。
武術として習いたいという人が来れば、練習相手ができるわけだし。

稽古帰りの飲み屋でT先生にそれを話すと、
「ええんちゃうか。やったら?」
すんなりOKが出た。
「ただな、ちゃんとお金取りや」
「え? どうしてですか?」
僕はタダで教えるつもりだった。
町会の会館なら数千円程度で借りられると思っていたし、昼間にやるつもりだったので、来るとしてもほとんどは中高年や年寄りだろう。
もちろん稽古相手は欲しかったが、ひとまずは稽古場所の確保が目的だったから、とりあえずは誰でもいい、人さえ来れば良かった。
そのうち武術として稽古したいという人が現れれば、その人からは教授料をもらうにしても、まずは人を集めなければ。
それにはタダにするのが手っ取り早い。
T先生には、教えるのは健康体操程度の範囲だけ、ちゃんと教える人からはお金をもらう、ということで納得してもらった。
お金を取らなければいけない理由や太極拳教室の顛末は、前にも書いたので、ここでは省く。

太極拳教室を始めて、ひとまず稽古場所は確保できた。
そして中高年が相手でも、「この日は稽古しなければならない」という日ができることで、稽古機会も増えた。
けれどやはり、稽古相手には恵まれなかった。
太極拳教室はトータルで1年くらいはやったと思うが、結局は中高年の相手で面倒な思いをしただけだった。
そして、その間にはS先生のところに行かせてもらえるようになったので、結局のところ、あまり意味は無かった。

また、同じ時期、組手主体の空手道場に行こうと考えたこともあった。
流派を変える気は無かったが、まだ元気なうちにいろいろな人と組手などもしてみたかったのだ。
T先生の機嫌が良さそうなときを見計らって、そんな話もしてみた。
「うん。ええんちゃうか。そういうのも経験やし」
これまたすんなり。まあ、そう言うと思っていた。
けれど、次のセリフにはちょっと驚いた。
「でも他のところに行ってみるのもええけどな。負けてやることやな」
「と言いますと?」
「いや、そのままや。変に技を見せたり、相手をやり込めたりせずに、表面上は負けてやることや。そうしながら試してきたらええんちゃうかな」
「……なるほど」
僕はT先生に合わせて納得したフリをしたが、心の中では驚きとともにちょっとがっかりしていた。
長年のブランクがあって体力も落ちている僕が、T先生のところに戻って数ヶ月というところなのに、余所の道場に行って「負けてやる」なんて、そんな余裕がどこにあるというのだ?
そのときの僕は、T先生がどこか勘違いしている人のように思えて、実力に対しても少々疑問が芽生えてきてしまった。
それでももちろん、T先生は僕よりは上で、僕が知らないことを幾つも知っているわけだから、習うのをやめようとまでは思わなかったが。
それに、三年は我慢しようと思っていたし、S先生のところに行ってみてから判断しようとも思っていた。
もしこの流派の技が期待ほどでは無かったとしても、とにかく今の自分は、同門の誰よりも劣っているのだろうから、まずは追いつく努力をして、あとは自分の工夫で何とかするつもりだった。
要するに僕は、そんじょそこらの者に負けない程度に強くなれれば良かったし(それだけでも難しいことだが)、それまでの知識だけでも、体力を取り戻して、足りないと思っている何かを少しでも習えれば、最低限は目的が成ると思っていた。

で、空手の道場については、色々調べたり探してみたりしたのだが、通える圏内で適当なところは、なかなか見つからなかった。
それに、主軸として今の流派のやり方を変える気が無い以上、選ぶのが難しかったし、もう少し慎重に考えようと思って留保しているうちに、S先生のところに行かせてもらえるようになった。

さて、今日の最後に。

T先生との稽古で最初に驚いたことを一つ披露しよう。
それは、“スウェー”だ。
ボクシングのテクニックにある「スウェーバック」のスウェー(sway)。
スウェーは上体を揺らすように振って(反らせて)避けるテクニックだが、もっとも、ウチでは後ろだけでなく横にも振る。
ボクシングで横に振るのは「スリッピング」という。
僕はボクシングには詳しくないから正確ではないかもしれないが、スリッピングの場合は、左右どちらかの足を軸にし、もう一方の足や腰を回転させることで攻撃線を外すようにするので、上体を少し傾けるにしても「反る」というほどの動きではないと思う。
また、スリッピングが「滑る」の意味であるなら、スウェーの「揺らす」と分けている以上、スウェーバックを横向きに行うのとは違うだろう。
で、スリッピングについては、多少異なるにせよ大抵の武術にある足裁きや体裁きなどと同様のテクニックだと思うが、スウェーバックは、武術ではあまり見かけない動きではないだろうか。
何故なら、武術各派は、真っ直ぐに立つことを基本としていることが多いので、特に後ろに仰け反るような動きは忌避されることの一つだろうから。
また、理屈を言えば、スウェーバックは、追撃や連打に弱いこと、上体が戻るときを狙われるとカウンターを食らいやすいこと、体が残るので腹や下肢を攻撃されると避けにくいこと、などの欠点が挙げられる。
ボクシングと違って蹴りも警戒しなければならないから、武術でスウェーを使うなら、ボクシング以上に「咄嗟の回避」ということになる。
ウチではこのスウェーと、受け技を組み合わせて使ったりすることがあるのだが、僕はそれまでスウェーを技として意識したことは無かった。
組手では、相手との距離感で、例えばハイキックが来たとき無意識に上体を反らしながら下がって避けたりしたことはあっても、ことさらテクニックとして考えたことは無かったのだ。
だから、技として教わったときは、目からウロコものの驚きだった。

こんなふうに、今まで知らなかったことや、視野の外だったことを認識できると、新たな工夫もできるし、自分の動きも変わる。変わっていく。
僕の価値観の中で、武術をやる上で、師匠が強いかどうかだけではないのはそういうところだ。

今回は画像を使った解説をしなかったが、ちょっと面倒臭くてサボってしまった。自流の技は秘密の部分もあるが、スウェーについては少しくらい図説しても良かったのだが……。
せっかく“ボディくん”と“ボディちゃん”が居るのに申し訳ない(笑)
まあ、次回に乞うご期待!
(……と言ってまた画像無かったらゴメン)

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